静神社で人助けを約束した4匹の狐!いまも那珂市を見守る2匹をお参りしてきました♪(那珂市)

四匹の狐アイキャッチ

身近な動物といえばイヌやネコですが、大昔はなんといってもキツネです!お稲荷様として親しまれていますし、昔話にもよく登場します。

茨城には、そんなキツネが大活躍するお話がたくさんあります。いい話も怖い話もありますが、今回はとてもいい話(ありがたい)をご紹介します♪舞台は県北の那珂市です。昔話をもとに史跡にも足を運んでみました。機会があったら、ぜひそちらにも立ち寄ってみてくださいね。そして、この投稿を読んだら近くのお稲荷様にお参りにいきましょー!(*´∀`*)

民話『四匹のキツネ』とは

いきなり民話をご紹介します。簡単に紹介しますので、詳しく知りたい場合は後述する本を読んでみてくださいね。

むかしむかし、静の森に四匹の兄弟キツネが住んでいました。誰が名前をつけたかはわかりませんが、いつしかキツネの長男を源太郎げんたろう。次男は甚二郎じんじろう。三男は紋三郎もんざぶろう。四男を四郎介しろうすけといいました。

ある日、兄弟は話し合いをしました。「わたしたちの仲間には、人間や動物たちに悪さをする者がいる。とても残念なことだが、仲間の悪さを完全に止めることは難しい。だから、せめてわたしたちの持っている神通力を人間のために役立てよう。仲間の罪滅ぼしをするんだ。」こうしてキツネたちは人助けを誓います。

まず、長男の源太郎が切り出しました。「わたしは長男だから、本家のあるこの里を守る。里には大きくて重要な川が2つあるから、里と川の守りは自分に任せてくれ。お前たちは里を離れて開拓地の人間に協力するように」

それに甚二郎が応えます。「それでは、わたしは野を守りましょう!」

紋三郎も応えます。「それでは、わたしは山を守ります」

最後に四郎介が「わたしは一番若くて元気もあるから、海を守ります!」

相談を終えると、四匹は一斉に各地に分かれました。四匹が昼夜を問わずに川、野、山、海をかけめぐったお陰で、人々の暮らしは少しずつ良くなっていきました。

源太郎のいる川では、魚貝類がたくさん見つかるようになり、人々はいつしかセリの栽培などもできるようになりました。甚二郎のいる野では、いつのまにか田畑の開墾がされていて、稲作が盛んになりました。紋三郎のいる山では、家をたてるために必要な土台石が次々に見つかるようになりました。四郎介のいる海では、大きな魚の居場所がわかったり、塩の作り方をひらめく人々が現れました。兄弟の活躍はそれで終わらず、新しい衣類やお酒の作り方、薬草の発見などにも関わりました。

やがて、この地に住む人々は増えて各地に大きな館やお城が建ちました。そして、キツネたちはそれぞれの場所で守り神としてまつられるようになったのです。源太郎は瓜連うりづら城。甚二郎は米崎こめざき城。紋三郎は笠間城。四郎介は湊城です。

■参考図書
瓜連の昔ばなし/著 楠見松男/筑波書林(ふるさと文庫)

キツネたちを祀る神社で、もっとも有名なのは笠間稲荷です。過去に記事にしましたので、ぜひご覧ください。

瓜連城と米崎城は、いまの那珂市内にありました。もう城はありませんが、源太郎と甚二郎を祀った稲荷神社は残っています。静神社のあとにご紹介します!

約束の地 しず神社

四匹のキツネが誓いをした場所が静神社と言われています。もちろん、いまも健在で常陸の国(むかしの茨城県周辺)の二の宮です。

MEMO
二の宮というのは、その地方で二番目の社格という意味です。神主のお話では奈良時代に朝廷から派遣された役人が二番目にお参りする場所だったそうです。茨城の数ある神社の中で特に重要な神社です!(一の宮は鹿島神宮です)
なまずに乗った武甕槌命の像鹿島神宮は茨城最強のパワースポット!〜気になるアクセス方法と名所〜(鹿嶋市)

では、一気にお参りしちゃいます。

静神社鳥居

静神社石段

静神社境内

静神社社殿

神社のご祭神は建葉槌命たけはづちのみことです。別の名を倭文神しどりのかみといいます。日本書紀によれば、タケミカヅチ(鹿島神宮ご祭神)やフツヌシノミコト(香取神宮ご祭神)が倒せなかった『カガセオ』を討伐したとか。この活躍が鹿島神宮についで二の宮とされた理由だそうです。一方で、織物の祖神としても祀られているのが面白いです。境内の織姫像はその関係でしょう。

MEMO
神社のお使い神は白蛇と言われています。むかし、この地の人たちには素晴らしい織物の技術があったそうです。手元で白い糸が織物になっていく様子が、白蛇に見えたのかもしれませんね!

神社でのお参りを済ませましたので、那珂市内にある源太郎&甚二郎稲荷を目指します。

源太郎稲荷と瓜連城趾(常福寺)

瓜連城は戦国時代の1336年に建てられましたが、同じ年に落城してしまいました・・・城主は楠木正家くすのき まさいえ。あの楠木正成の一族です。正家は南北朝時代に南朝方でしたので、北朝方の佐竹氏と戦って破れてしまいました。

落城から50年ほどして、跡地に火事で建物を失ってしまった常福寺じょうふくじが再建されました。というわけで、瓜連城の跡地には浄土宗の常福寺があります。訪れたときは、ちょうどお寺の改修中でした。立派なお寺がさらに。。。という感じです。

常福寺楼門

常福寺お堂

源太郎稲荷ですが、お堂の裏手にあります。お堂というよりも、お隣の瓜連保育園の裏手といった方が正確ですね。

源太郎稲荷2

源太郎稲荷1

コンパクトな感じです。でも、とても新しくてキレイです。鳥居の前には立て札があって、先ほどご紹介した民話がありました。丁重に扱われていることが伝わってきました。

ところで、源太郎の守った川とは、静の森の東を流れる久慈川と西を流れる那珂川です。久慈川は、先日大子町で堪能してきました。とても美しい川で、この夏、とてもおいしい鮎がとれます。いまなお、源太郎キツネのご利益が健在!といったところですね。

瓜連城のお堀

こちらが瓜連城の土塁です。この上に城があって、敵の侵攻を防いでいたわけです。境内の看板によると、土塁の規模からお城の広さが想像できるそうです。なんでも、東西南北700mほどあったとか・・・かなり大きなお城だったんですね!

甚二郎稲荷と米崎城趾

それでは最後に甚二郎稲荷をご紹介します。稲荷のある住所は本米崎。「よねざき」と読んでしまいましたが、正しくは「こめざき」です。お米づくりを手伝ってくれた甚二郎にふさわしい地名です。

甚二郎稲荷2

甚二郎稲荷1

こちらには、2つの民話がありました。ひとつは源太郎稲荷にもあった「四匹の狐」です。もうひとつは「欲のない甚二郎」というものです。出典が書かれていませんでしたが、ふるさと文庫『那珂の伝説 上』にあるものと同じです。内容は、この稲荷の由緒に関わります。超人的な体力を持つ甚二郎という奉公人が、亡くなるまで人々のために尽くしたので、その人徳を偲び農業の神様としてこの地に祀ることにした、というものです。

wata

やっぱり、奉公人の甚二郎の正体はキツネの次男でしょうか。

甚二郎稲荷3

稲荷の社殿からは、那珂の美しい田園風景が見えます。甚二郎のことを思うには、これ以上無い場所ですね。

イラスト『キツネの4姉妹』

キツネの4姉妹

Illustration by りゅうか1105

姉妹が仲良くハンドサインをしています。サインの意味は『I love you』全世界共通の手話です。

キツネの4兄弟は、名前から男性を想像します。でも、神通力を持った超人的な存在ですから、女性バージョンを生み出してみました。わたしは可愛らしくて好きですが、いかがでしょう。かっこいい男性バージョンも見たい場合は、ARかさま今昔物語に素敵な画像があります♪

一応キャラクターの解説をしておきます。紫色の着物が長女。知恵に優れていて、もっとも責任感とリーダーシップがあります。緑色の着物が二女。田畑の開墾を手伝っていたので、大柄でパワフルな感じです。金色の着物が三女。石の発見という地味な能力ですが、金山や銀山を発見できました。青色の着物が四女。一番若くて元気いっぱいです。

さて、この姉妹(兄弟)で、特に興味深いのは三番目が一番出世したことですね。『紋三郎稲荷』よりも『笠間稲荷』といったほうが有名でしょう。
人気の秘密は、その能力から商売繁盛や金運UPが期待できるからでしょうか( ̄ー ̄)ニヤリ

アクセス

名称 静神社
住所 〒319-2106 茨城県那珂市静2
駐車場 あり
Webサイト http://www.shizu.e-naka.jp/index.htm

名称 源太郎稲荷(常福寺境内)
住所 住所: 〒319-2102 茨城県那珂市瓜連1222
駐車場 あり(常福寺)

名称 甚二郎稲荷
住所 〒311-0101 茨城県那珂市本米崎1513
駐車場 なし