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4月8日(日)奇祭 マダラ鬼神祭を楽しんできました。桜川市の雨引観音(正式名:雨引山 楽法寺)で開催される伝統行事です。
茨城の奇祭といえば、笠間の悪態まつり、下妻のタバンカ祭、桜川の大飯祭りなどでしょうか。どれもなかなかのビジュアル系。そして数百年以上の歴史あるおまつりです。奇祭は派手なものが多いですし、意味や縁起にも惹かれますよね。
今回ご紹介するマダラ鬼神祭は文字通り『鬼』が大活躍!恐ろしくも愉快。とても好きになりましたが、奇祭だけに謎が多くて思い出すたびに考え込んでしまいます。。
がっつりレポートしますので、気になったことはぜひ調べてみてくださいね。「来年見に行く!」のも大歓迎ですよ〜!
マダラ鬼神祭とは
マダラ鬼神祭を一言で説明するとマダラ鬼神の伝説になぞらえて厄災を払うおまつり。おまつりとして再現することで、敬意を示しながら厄払いをするということでしょう。
伝説の詳細については雨引観音の公式サイトをご覧ください。当時の時代背景などもわかって面白いです。以下は物語の大筋です。
- 戦国時代。関東地方で関東管領(上杉顕定)と古河公方(足利成氏)の争いがあった
- 1471年、上杉方の武将 長尾景信が成氏を破って古河城を占領するが、翌年にリベンジされてしまう。景信たちは敗走して雨引観音へ
- 景信後を追ってきた足利勢による焼き討ちで本堂が炎上・焼失
- 数日後、夜な夜な『鬼』たちが現れて仮堂を建設した。その中心にいたのがマダラ鬼神ではないかとされた
マダラ鬼神は雨引観音や檀家にとってまさに神のような存在。鬼が人助けする物語も面白い!このマダラ鬼神と鬼たちがおまつりのメインキャラクターです。
マダラ鬼神祭
マダラ鬼神祭の当日の様子をレポートします。この日は快晴。会場の雨引観音は鮮やかな新緑と桜が美しかったです。おまつりでなくても足を運びたくなりますね。
薬井門をくぐると145段の見事な石段。おまつりでは馬に乗ったマダラ鬼神が駆け上がるんです!
ちなみに、6月には石段の両サイドに見事なあじさいが咲きます。雨引観音の名物のひとつです。
石段を登り、仁王門をくぐった先に待っていたのは一本桜!『一葉』という名前があります。Twitterで常磐百景さんに教えていただきました♪
本堂でお参りしたあと、多宝塔の前に行くとすでにたくさんの人だかり。大道芸が会場を盛り上げていました。芸が終わると子どもたちの太鼓の演奏へ。いよいよおまつりスタートという雰囲気です。
それにしても人が多い。雨引観音は安産や子育てのご利益があると人気のお寺です。もともとお参りする方が多いので、特別なイベントは尚更といったところでしょうか。
マダラ鬼神の登場
マダラ鬼神祭のスタートは11時。それに合わせて石段にはずらりと観覧客。数年前に訪れたという方は、ずいぶん多くなったと驚いていました。口コミやSNSで広まったのかもしれませんね!
定刻を5分程過ぎると歓声が聞こえてきました。馬に乗ったまま階段を上がってくるマダラ鬼神。お顔はよく見れませんでしたが、かっこいいです〜!少ししたら鬼たちもやってきました。近づいてパシャリ♪
さらにお坊さんや檀家の方々も上っていきました。このあとなにが起きるのかワクワクですっ!
祝詞〜お祓い
多宝塔の前で祝詞があげられると大祇師のはじまりです。刀を抜いてお清めと厄払いをします。まさかお寺で太刀さばきを見ようとは。。勇ましい掛け声とともになんども刀が振るわれます。
護摩〜鬼踊り
続いてマダラ鬼神を先頭に鬼たちが登場。整列すると柴燈護摩のために火が放たれました。
ブシューッという音がすると煙から火柱が現れ、周りを鬼たちが踊りだします。
マダラ鬼神の音頭によって火の灯る棒を掲げたり、振るったり。なんとも不思議な光景です。
弓矢を放つような姿も。伝説にそのようなシーンはありませんので興味深いところです。一周りすると鬼は去っていき、火の始末がされました。破魔矢の発射に続きます。
柴燈護摩は屋外で行う護摩のことです。護摩とは密教独特の祈とう方法で護摩木を炊いて行います。
破魔矢の発射
マダラ鬼神祭で観客が参加できるのは最後の破魔矢の発射。マダラ鬼神と鬼たちが49本の破魔矢を発射するので、それをゲットするんです!
破魔矢には災厄を払うご利益があるとされますが、注目はマダラ鬼神が放つ矢。ゲットできれば1年間スーパーラッキーが続くとか。。欲しかった!
破魔矢のあとは餅まき。鬼だけでなく檀家の方々も参加。豪快にばらまいていましたよ♪わたしもひとつキャッチ。ありがたくいただきました。おいしかった〜。
これにてマダラ鬼神祭は終了。見どころはたくさん。間近で見れた護摩は迫力満点。毎年観客が増えるのも納得ですね!
wata
アクセス
名称 | 雨引山 楽法寺(雨引観音) |
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住所 | 茨城県桜川市本木1 |
駐車場 | あり(普通車500台) |
アクセス方法 | ○JR水戸線岩瀬駅よりタクシー15分(6km) ○JR水戸線岩瀬駅より自転車40分・徒歩1時間40分 ○桜川筑西ICより15分(7km) ○筑波山口バス亭よりタクシー30分(19km) ○真壁より車20分(10km) |
Webサイト | 桜川市観光ガイド |
まとめ
マダラ鬼神祭は雨引観音の再建にまつわる伝説になぞらえたもの。鬼神への感謝を示しながら人々の災厄を払う伝統行事です。
護摩や鬼踊り、破魔矢の発射といった個性的な内容で毎年たくさんの方で賑わいます。
雨引観音は安全や子育てのご利益があるとされ、美しい境内も人気です。新緑の季節、ユニークなおまつりを楽しみながらお参りしてみてはいかがでしょうか。
スペシャルサンクス
常磐百景(@joban_100) さん
余談:伝説の真相に迫ってみる
ここからは余談。伝説にあることを事実とした上でたくさんの憶測を含んで書いてます。参考程度にお楽しみください。
マダラ鬼神伝説は一部に細かな描写があります。わざわざ書いたということはなにか意味があるのでしょう。気になる箇所を考察してみます。話はお堂の焼失のあとです。
それから幾日か後のこと、夜毎多数の鬼が雨引山上に集まり、材木を運び工事をしているという噂が立った。夜になるのを待ち兼ねるように多数の覆面をした職人が現れて、仮堂を制作していたのである。17日目にして仮本堂が建った。
3、雨引山楽法寺の焼失/雨引観音
現れたのは「鬼」ではなく覆面をした職人です。本物の鬼なら覆面は不要ですから、仮堂を建てたのは「人」なのでしょう。なぜ、人と書かないのでしょうか。
覆面パトカーという言葉がありますが、本物の覆面をしているわけではありません。正体を隠しているから覆面なんですよね。覆面の職人も同じ意味でしょうか。おそらく作業が夜だったのも知られたくないから。悪事じゃないのに正体を隠す理由は。。
職人はたくさん集まったとあります。だれかが号令をかけたとしか考えられません。それがマダラ鬼神だと読み取れますが。。でも、職人に指示を出すのは神のすることではありませんよね。あくまでそう思えたということでしょう。職人に指示できる人物。。
仮堂の建設は「幾日か後」とありますが、焼失からどれくらいでしょうか。「幾日か」を辞書で引くと若干の日数とのこと。(「幾日も」だと長い年月になるのが面白い)情報の伝達が困難な時代、それも山奥のお寺に多くの職人を送り込む。権力者でもすぐにはできません。もしかして、『鬼』たちはお寺の焼失を事前に知っていた??
お寺の再建をできる人って、現実的にはかなり限定されます。しかも、すぐにできた。なおかつ公にできない立場の人。当時の方々は本当に鬼の正体を知らなかったのでしょうか。。謎は深まるばかり。
記事は筆者の主観が多分に含まれております。
誤解や情報が古くなっている場合があることをご了承ください。
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