2月17日(水)『うなぎ地蔵』(城里町)の記事を公開しました。次回更新は2月21日(水)の予定です。

正体は猫又!?歌と踊りが大好きな華蔵院の猫!(ひたちなか市)

イラスト『華蔵院の猫』

古い民話に登場する動物といえばキツネです。ダントツと言っていいでしょう。数え切れないほどです。茨城の場合、陰陽師と深く関係しているのが面白いですね。

キツネの次に多いのはサルでしょう。人間よりも知恵や力で優れたものとして登場します。サルの登場はなにかとハラハラする展開が多いです。

でも、今回はキツネもサルも差し置いて、わたしが好きな猫伝説をやります!ゆかりの華蔵院けぞういんと合わせてどうぞ。

華蔵院とは

華蔵院の本堂

華蔵院はひたちなか市の那珂湊にあります。以前、那珂湊にあるお魚市場をご紹介しましたが、そこから車で10分ほどの場所です。港のそばですから、もちろん海にも近いです。

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お寺の概要は『茨城県大百科事典』(茨城新聞社)が詳しいので引用します。

華蔵院。真言宗智山派の寺。号は戒珠山密厳寺。寺伝では、応永年間1394~1428) 宥尊の開基と伝えらている。江戸時代には境内に七堂伽藍・四塔堂・六供院があったが、 元治元年(1864)天狗党の乱の兵火により、寺宝とともにすべてを焼失した。明治十四年(1881)現在の堂宇が再建されている。本尊は大日如来。江戸時代には徳川幕府より朱印地15石を受けていた。境内には、八大竜王をまつった竜神堂、破魔薬師如来を安置した金堂などがある。梵鐘は県の文化財に指定されている
茨城県大百科事典

むむっ!ここでも幕末に暴れた天狗党によって文化財が失われているのですね。困ったものです。ただ、現在は再興されていますので、境内の特徴をご紹介します。

華蔵院はとっても広くてキレイな境内です。お堂も立派ですから、心穏やかにお参りできます。

華蔵院の梵鐘

華蔵院の梵鐘

茨城県の指定文化財にもなっている華蔵院の梵鐘です。鐘には1339年に造られたと書かれています。

MEMO
江戸時代、茨城県の梵鐘は歴史のあるものでも大砲を作るため、地金に戻すことになりました。尊王攘夷の本家ともいえる徳川斉昭が水戸藩主だったからです。でも、鐘を大切に思った人たちによって救われたと云われています。そうした意味でも貴重な文化財です。

梵鐘は華蔵院に置かれる前、常陸大宮市の満福寺にありました(当時は浄因寺)。満福寺のサイトにも同じ説明がありますので、こちらからご覧ください。また、茨城県の教育委員会も同じ解説をしています。

仁王門

華蔵院の仁王門

迫力のある仁王門です!ちょっぴり秋の色合いになっていますね。とても鮮やかなので、新しい印象があります。調べたら1957年に再興されたものです。50年前に暴風によって倒れてしまったものを、個人の寄付によって建て替えられました。。。スゴイことです。

左側の石碑に『華蔵院 破魔はま薬師尊』とあります。ご本尊は大日如来ですが、本堂を正面に見て左側にある薬師堂に薬師如来像があります。文字通り、魔をやっつけてすべての願いを叶えてくれる如来様です。

民話『華蔵院の猫』

それでは、華蔵院にまつわる猫伝説をご紹介します。

むかし、湊(いまの那珂湊)で仕事を終えた行商人が家路を急いでいたときのことです。あたりはすっかり真っ暗で、だれも歩いていません。遠くで海の音が聞こえるだけです。

ところが、だれもいないはずの原っぱを通りかかった時。ピーヒャラドンドン、ピーヒャラドン。どこからか笛や太鼓の音が聞こえてきました。不思議に思った行商人は音のする方へ・・・すると、なにやらたくさんの人影が踊っているではありませんか。

近づいて見てみると、踊っているのは人でなく、人の服を来た大きな猫たちです。驚いた行商人は腰を抜かして動けなくなってしまいました。すると、猫たちは「さーて、やっと盛り上がってきたニャ」なんと人の言葉で話し始めました。行商人は驚くばかり。もし、自分のことが知られたらと思うと怖くて仕方ありません。そこに「華蔵院のやつ今夜は遅いニャ。あいつがいないと調子がでないんだよニャー」華蔵院は近くにある立派なお寺のことです。

猫たちが会話していると、袈裟を着た猫がやってきました。「ごめんニャ。和尚の帰りが遅くって、袈裟が持ち出せなかったニャ。さあ、はじめるニャ!」華蔵院と呼ばれた猫が呼びかけると、休んでいた猫達も集まりました。そして華蔵院の音頭によって、さきほどよりもさらに賑やかに踊りが始まりました。猫達は一晩中踊り続けましたとさ。

行商人はいつしか気を失っていました。日が昇って気がついたとき、あたりにはなにもありません。昨夜のことは夢か幻かわかりませんでしたが、『華蔵院』は覚えていました。そして、お寺の猫なのかどうしても知りたくなり、そのまま華蔵院へ向かいました。

和尚に昨夜のできごとを話したところ「猫はいるが、そんなバカなこと」。しかし、袈裟を着ていたというので、和尚は自分の袈裟を見てみると・・・そこにはビッシリと猫の毛がついていました。和尚はいつも寺に猫を探しましたが、その日以来猫の姿を見ることはありませんでした。

イラスト『華蔵院の猫』

Illustration by 白雪

華蔵院の猫でした。民話の中には「10年以上生きた猫は猫又という妖怪になる」という説明があります。猫又は恐ろしいものもいますが、このようなパターンもあるんです。ちなみに、華蔵院はとても歌がうまいそうです。猫なで声で歌うとか。。。

ご紹介した物語は、『いばらきのむかし話(編:藤田稔)』をベースしています。ただ。茨城の民話(未来社)や市報ひたちなかでは、人を食い殺す化け猫となっています。どちらも華蔵院の猫なんですけどね(^_^;)

wata

イラストはノリノリで踊っている華蔵院の猫です。行商人が夢か幻かわからなかったので、幻想的に描いていただきました。和尚の袈裟がちょっと不思議ですが、けっこう似合っています

まとめ

華蔵院の猫は可愛くて愉快です。歌や踊りが好きで、みんなと楽しむために和尚の袈裟を着て出かけます。キツネやサルよりも純粋な感じもしますね。

ネコは犬などと違ってずっと人と一緒にいません。ときどき姿を消しますからミステリアスなイメージがあるのでしょう。犬よりも妖怪や化物として登場する理由はそこにあると思います。そして、人も動物も歳を重ねるほど知恵がつくものですから、長生きした猫は猫又として怖がられることもあった。。。

たくさんの猫又が登場する理由は『那珂湊』だからかもしれません。毎日新鮮な魚がある町なので、猫たちは栄養充分で食べものに困らなかったのではないでしょうか・・猫又になるほど長生きできた!そう考えると、この伝説もそれほど怖くはないですね。

アクセス

名称 真言宗 戒珠山かいじゅさん 密厳寺みつごんじ
住所 〒311-1223 茨城県ひたちなか市栄町1丁目1−33
駐車場 あり。案内がないのでわかりにくいです。通りに面した入り口の並びにあります。