関東で最古の水神様は茨城の蛟蝄神社!2300年の歴史ある神社の例大祭を見てきました(利根町)

御衣焚き神事

蛟蝄神社。フリガナ無しで読めるのでしょうか?読めたらただものじゃないです。
正解は蛟蝄こうもう神社です。

ユニークなのは名前だけじゃありません。まつっている神様や神社の伝説なども奥が深くて面白いです!それに大ヒット映画『君の名は。』にも関係があります。作品に登場する神社の鳥居は蛟蝄神社の鳥居をモチーフにしているんです。蛟蝄神社のTwitterから引用します。

アニメ好きにはたまらないですね!(๑•̀ㅂ•́)و✧

今回は蛟蝄神社についてまとめました。先日行われた例大祭にも参加したので併せてご紹介します。蛟蝄神社はたくさんの情報がありますので、なるべくわかりやすく書きます。「もっと知りたい!」と思った方、ぜひ公式サイトをのぞいてみてください。情報が充実しています♬

そして、さらに詳しく知りたい方は、利根町にお住まいのタヌポンさんのWebサイトへどうぞ!・・・圧倒的な情報量です(^_^;)

蛟蝄神社とは

蛟蝄神社のはじまりは約2300年前と云われています。現在の門の宮のある場所に、水の神様(水神)の罔象女ミヅハノメ大神を祀りました。『門の宮』は珍しい言葉ですよね。正しい意味はわかりませんが、蛟蝄神社には門の宮と奥の宮の2つの社殿があります。

ご祭神の罔象女ミヅハノメ大神は、これまで2回ほどブログでご紹介しました。大子町の鮎神社と小美玉市の手接てつぎ神社です。鮎神社は鮎の豊作と水難に遭わないことを願う神社です。鮎狙い撃ちなのが面白いですね。手接神社にはいたずら好きだけど心優しい河童の伝説があります。ちょっぴりユニークな神社の神様という印象です。

さて、だれもが感じる疑問に答えておきます。「どうやって2300年前のことがわかったの?」「それは蛟蝄神社由来記に書いてあるから!」
蛟蝄神社由来記は1968年に発刊されました。明治100年に当たる年を記念して神社の奉賛会が作ったんです。もちろん、事実関係を証明するものではありませんが、神社ではそのように伝えています。

MEMO
蛟蝄神社のもっとも古い公的な記録は927年に編纂された延喜式神名帳えんぎしき じんみょうちょうにあります。つまり、少なく見積もっても1000年以上の歴史があります。ちなみに、神名帳には正式名で蛟蝄みつち神社とあります。

こうもう?みつち?ってなに?

蛟蝄は「こうもう」とも「みつち」とも読みます。どんな意味でしょうか。非常に多くの説がありますが、水に関係する龍のことです。中国にも同じ名前の龍がいます。
神社に名付けられた理由は公式サイトにあるので引用します。

「みつち=こうもう」の名に由来は諸説ありますが、はるか昔この辺りが海であったころの大地の形が蛟(みつち=伝説上の龍)に似ていたためといわれております。境内の石碑に龍神様の姿をご覧いただけます
社名について/蛟蝄神社公式サイト

龍の画は奥の院の天井にもあります。日本画家の藤田飛鳥さんの作品です♬カラーでとても立派なので見応え充分!神社にお越しの際にはぜひ!(๑•̀ㅂ•́)و✧

門の宮

門の宮の見どころは、なんといっても鳥居でしょう。どっしりと落ち着いていて、色合いも素敵です。

門の宮の鳥居

鳥居が映画『君の名は。』と関わったきっかけは、取手市在住の日本画家四宮義俊しのみや よしとしさんです。神社のTwitterによれば、作品の回想シーンを手がけていた四宮さんが、参考程度に出した絵コンテが採用されたとか。四宮さんは利根町のおとなり取手市在住なので、蛟蝄神社のことをご存知だったのでしょう。ご本人も取手市の広報誌で回想シーンは利根町をイメージしたとコメントしています。

門の宮の社殿

門の宮は蛟蝄神社はじまりの場所です。紀元前288年に水神を祀りはじめ、698年に土神(埴山姫はにやまひめ大神)も祀りました。そのあと、年代はわかりませんが、水害や民家が多いことを理由にいまの奥の宮の場所に移されることになりました。ところが、近隣の信仰のある方々(氏子)の願いによって、神様の御霊を分祀することになったのです。つまり、2ヶ所で祀ることになりました。

社殿は1598年に布川藩の藩主松平信一まつだいら のぶかずが建てた記録があります。(布川はいまの利根町の中心地です)そしてちょうど100年が過ぎた1698年に造り直されています。ということは、いまの社殿は300年ほど経っているということですね。修繕はされていると思いますが、非常に歴史的な建物です(*^^*)

wata

脱線しますが、松平信一は布川藩主のあとに初代土浦藩主になっています!
MEMO
境内の立て札によると神社周辺は貝塚(立木貝塚)だそうです。利根町といえば利根川を想像しますので、周辺に海があったとは驚きです。しかも、貝以外にも土偶などの遺物がたくさん発見されています。土偶は全国でも有数の出土数とのことで、意外な注目ポイントです。

名称 蛟蝄神社(門の宮)
住所 〒300-1616 茨城県北相馬郡利根町立木2184
駐車場 あり

奥の宮

奥の宮境内

奥の宮は、門の宮から15分ほど歩きます。水害を避けるためにできたので、小高い場所です。車で行くとすれ違うことが不可能な急斜面がありますので、心配なら門の宮に駐車して向かうといいでしょう。わたしはいつも対向車が来たらどうしようとハラハラしながら行きますが(^_^;)

奥の宮社殿

社殿がピカピカと輝いています!2016年に建て替えが完了したばかりです。工事はご鎮座2300年の記念事業でした。利根町の方々を中心に、たくさんの応援があったんですね!

社務所は奥の宮にあります。御朱印帳をいただく場合はこちらです。社務所では、うまく行く守りも販売されています。境内のポスターが面白いので見てみましょう。馬と9つのひづめで「うまく行く」のです!(๑•̀ㅂ•́)و✧

うまく行く守り

どうしてお守りに馬が登場するのかわかりますね。
もうひとつ面白いことをポスターから引用します。

日本尊やまとたけるが東征の際に蛟蝄神社で祈願したという言い伝えが残っております。文馬かざりうま(綺麗に装飾した馬)を木に繋いだということから「たずなを木につなぐ→たづなぎ→立木たちぎ」という地名が生まれ「文馬→文間もんま」になったと云われています。

日本武尊の馬が地名の由来です。もちろん、神社とはいまも深く関わっています。社殿の左手にある絵馬を見てみます。

蛟蝄神社の絵馬

門の宮にある神馬しんめが絵馬になっています。タヌポンさんのサイトによれば、神馬図は1966年(昭和41年)に本画家の田中路人さんが描いたそうです。むかしはこの地で競馬も行われていたとか。。。この地の歴史を感じますね。

さて、この神馬。蛟蝄神社の例大祭とも深〜い関係があるんです(*^^*)

店名 蛟蝄神社(奥の宮)
住所 〒300-1616 茨城県北相馬郡利根町立木882
駐車場 あり
Webサイト 公式サイト

例大祭(ばかまち)

2017年11月2日(木)。蛟蝄神社で例大祭がありました。なんと夜の10時スタート。興味津々だったので、ガッツで見学してきました!なお、例大祭のばかまちは馬鹿待ちと書きます。古くは蛟蝄神社の神馬と鹿島神宮の神鹿が出会う場だったそうです。・・・それぞれの地の男女が出会う嬥歌かがいの場でもあったとか。面白いことですね。

例大祭

おおまかな流れとしては2つの社殿で神様のお衣替えをして、湯立ゆだて神事御衣焚みそたき神事直会(お神酒をいただく)です。

聞きなれない言葉が続きますよね。深い意味があると思いますが、ざっくり説明します。お衣替えは神様の服を新しいものに取り替えることです。それを御衣焚き神事で炊き上げます。湯立て神事は無病息災を祈る神事です。なにをしたかを言葉で説明するのは難しいので、写真でご説明します。(一部をのぞいて撮影OKでした)

例大祭は奥の宮ではじまります。小雨がちらついていましたが、水神を祀る神社ですからね。むしろ歓迎されている気分です。

境内には30人ほどいらっしゃいました。若い方もいましたよ。非常に歴史のある神事ですが、和気あいあいとした雰囲気です(*^^*)

火おこし

神事で使う火を起こすことからはじまりました。例年とは違うそうです。ただ、今回、残念ながら火はつきませんでした。来年に期待しましょう!雨が降っていたので厳しかったですね(^_^;)

例大祭祝詞

続いて社殿で祝詞があげられました。祝詞の中では蛟蝄神社を「みつちのかむやしろ」と言っています。それが終わると、松明をもって門の宮に向かいます。かなりかっこいいです!

例大祭のお衣替え4

例大祭のお衣替え3

例大祭のお衣替え2

例大祭のお衣替え1

奥の宮と同じように祝詞があげられます。時間が遅いので神社も周辺もほとんど明かりがありません。静かに祝詞を聞いていると不思議な気持ちになります。終わると奥の宮に戻ります。

湯立て神事

湯立て神事1

湯立て神事2

奥の宮の湯立て神事です。無病息災を祈って行います。信じではグツグツお湯を煮立たせて、その中に榊(?)を入れてから一気に振り払っていました。かなり迫力があります!(๑•̀ㅂ•́)و✧

神事を間近で見るのは貴重な体験です。宮司さんの身のこなしなど、すべてに注目です!

御衣焚き神事

湯立て神事の後に御衣焚き神事があります。お衣替えをした神様の着物を炊き上げます。

御衣焚き神事

燃やしているのはかや真菰まこもです。数名で運ぶ量なので、かなり豪快な炎が・・・。ほとんど火柱ですね!Σ(゚Д゚)

この日は燃え尽きる直前に強い雨が降ってきて、しっかり炎の始末をしてくれました。歓迎の雨にはじまり、感謝の雨に終わったような神事でした。

まとめ

蛟蝄神社は長い歴史があります。それだけに情報が多く、伝えるのが難しいと感じました。今回、なるべくわかりやすく特徴を書きましたが、それでも4000字を超えています。なので、最後に覚えておいて欲しいことを3つあげます!

  1. 2300年の歴史!関東でもっとも古くから水の神を祀っている!
  2. 日本武尊もやってきた!一緒にいた馬が地名の由来!
  3. 神社の鳥居は『君の名は。』にモチーフとして採用!

どれも蛟蝄神社とわかる特徴です。って、本当にスゴイことばかりですよね!(๑•̀ㅂ•́)و✧