伝説の女カッパも参戦!?金刀比羅神社の奉納相撲大会を見聞してきました!(利根町)

金比羅神社奉納相撲大会10

力が支配する町。利根町・・・ウソです。利根町はとても平和で楽しい町です。

それがわかる伝統行事を見てきました。金刀比羅こんぴら神社の奉納相撲大会です。参加するのは子どもたち。それはもう賑やかでした。

利根町から相撲はいまいちピンときませんでしたが、実は面白い伝説と関係していました。あとで紹介しますが、関東の河童かっぱ界の頂点にいたねねこが参戦していたかもしれません!

利根町はこれまでよく知りませんでしたが、多くの名所や有名人とのゆかりがあります。奉納相撲もそうですが、布川ふかわという土地に集中しているのも特徴ですね!

金刀比羅神社奉納相撲とは

利根町役場

奉納相撲は毎年秋分の日に行われます。今年は9月23日(土)でした。1795年にはじまったとされる利根町の伝統行事です。奉納は神様に楽しんで貰うために自分たちの好きなものや大切なものを捧げることです。相撲や子どもたち、そして楽しんでいる人々のことを神様に届けるということなのでしょう。

相撲は利根町役場(写真)の敷地に土俵をつくって、子どもたちが参加します。子どもの年齢は0〜12歳。性別と年齢ごとに階級分けされています。ちなみに、雨天だと順延されて次の日曜日になります。今年はちょっと心配な天気でしたが、予定通り開催されました。

車を役場に停め2〜3分歩きました。それにしても、利根町役場は立派ですね。

大会のようす

金比羅神社奉納相撲大会1

相撲は9時から受付、10時にスタートです。わたしはいつものように遅刻しましたので、すでに土俵の周りには人だかりが。少し慌てましたが・・・そのおかげで利根川と栄橋、そして相撲大会が一緒に見れました。利根町らしさを感じた瞬間です。

金比羅神社奉納相撲大会14

金比羅神社奉納相撲大会10

相撲は0歳からはじまって、順番に年齢があがっていきます。女の子も参加できます。かなり積極的に土俵にあがっていました。やる気マンマンですね!(๑•̀ㅂ•́)و✧

金比羅神社奉納相撲大会4

小学3年生くらいまでは、みんな恥ずかしがりながら参加します。でも、それ以上になるとだんだん闘争心が・・・その辺のようすも楽しめるところですね。

大会のルールはわかりませんでしたが、後半に勝ち抜き戦があるようです。優勝したのはおそらく6年生の子です。お米を受け取っていました。

wata

それにしても、わたしよりも身体の大きな子がいてびっくり。小学6年ともなると迫力ある相撲を取りますね・・・勝てる気がしません。

保存会の会長さんの願いは、いつか大会から力士が誕生することだそうです。茨城は横綱稀勢きせの里をはじめ、たくさんの力士がいるので期待したいですね!

ほのぼのとした伝統行事でとても楽しめました。

店名 利根町町役場内
住所 〒300-1622 茨城県北相馬郡利根町布川841−1
Webサイト 利根町役場Webサイト内
駐車場 あり

小林一茶も見た?

俳人の小林一茶もこの相撲大会を見ています。お友達でスポンサーの古田月船げっせんが布川に住んでいたので、たびたび遊びに来ていました。常陽リビングのWebサイトにも書かれています。(いい写真あります!)

金比羅神社奉納相撲大会3

一茶は1803年に相撲を見ました。そして、いくつか俳句を残しています。

べったりと 人のなる木や 宮角力みやずもう

小林一茶

正面は 親の顔なり まけ相撲

小林一茶

1つめは相撲を見るたくさんの人たちのことを詠んでいます。2つめは子どもたちが相撲をとっていることがわかりますね。べったり・・・の方は神社に石碑として残っています。

琴平神社

奉納相撲は神社の秋の例祭をかねて行われます。もちろん、神社の方にもお参りをしに行ってきました。相撲大会の会場から歩いて1分ほどの場所です。

琴平神社鳥居

神社の神額しんがくには、琴平ことひら神社とあります。金毘羅じゃないの?と思いましたが、神社は琴平で相撲は金毘羅で間違っていません。これでずっと続いているようです。理由はどこを調べても分かりませんでした(^_^;)

琴平神社社殿

社殿です。境内は決して広くありません。でも立派な樹々に囲まれていて、とても神聖でおごそかな雰囲気があります。子どもたちは相撲を取る前にここを訪れました。神社でお参りとお祓いをすませてから、奉納相撲に挑みます。

わたしはこの日に初めて訪れました。普段は社殿が閉じられているそうです。例祭のある日なので、もちろん開いていますが・・・いいタイミングでした!(๑•̀ㅂ•́)و✧

それに、もうひとつ良いことがありました。神主さんたちがいて、お参りをしようとしたら太鼓を叩いてくれたんです。
一瞬意味がわからなかったのですが・・・目の前で立派な太鼓の音を聞くと心がスッキリとしました。お参りの際の太鼓には、お清めやお祓い、そして歓迎の意味があるそうです。実はこれも初めてのことなので感激です。ずっと忘れないと思います。

お参りを済ませると、社殿の右側に大きな建物があることに気づきました。そばの方に尋ねると、徳満とくまんだと教えていただきました。

実は以前からお寺の名前だけは知っていました。民俗学者の柳田國男くにおとゆかりがあるんです。なんでも幼少期に衝撃を受けた絵馬があるとか・・・。これ、ちょっと怖い話なんです。深い話でもあるので別の回に書きます。

wata

ちなみに、この神社やお寺のあたりはむかしお城(布川城)があったそうです。
名称 琴平神社
住所 〒300-1622 茨城県北相馬郡利根町布川
駐車場 なし

女傑河童ねねこ

金比羅神社の奉納相撲に伝説の妖怪が参戦したお話があります。筑波書林の『茨城の河童伝承/著:岡村青』をもとに書きます。

伝説の妖怪とは、関東の河童界の頂点に君臨したねねこ(子子コ)です。しかも、ねねこは女性の姿だったそうです!Σ(゚∀゚ノ)ノお侍が登場するので、ねねこがいた時代はおそらく江戸から明治の頃でしょう。

茨城の河童伝承より

イラスト『女傑河童ねねこ』

Illustration by 夏生一

ねねこはもともと利根川の上流に住んでいました。その頃は、目立つこともなく、名前も知られていませんでした。ところが、ねねこには放浪癖があって、ふらふらと利根川を下っていく途中にめきめきと力をつけたといいます。そして、中流にある布川にたどり着く頃に、関八州の河童族の大親分になっていたそうです。

関八州とは、現代の東京、茨城、千葉、栃木、群馬、神奈川、埼玉あたりです。ものすごくどうでもいいことですが、マンガのサラリーマン金太郎の主人公(金太郎)は八州連合という暴走族のヘッドでしたね。

ねねこの性格は可愛らしい姿とは違って、短気で暴れん坊。喧嘩上等でもろ肌脱いで啖呵を切ったりします。また、漁師のすきを狙っていけすの魚を喰い荒らしたり、畑のきゅうりを根こそぎ盗んだりしました。さらに、川で遊ぶ子どもを見ると尻子玉が欲しくなってソワソワ・・・生肝いきぎもを狙って馬を川に引きずり込もうとしたことも。馬って数百キロありますよね(^_^;)

人間との関わりが深くなったのは、この馬の生肝事件からです。暴れる馬に振り落とされて力尽きたねねこ。そこを馬の持ち主で布川の有名なお侍さんが首根っこをおさえました。「これまで!」と思ったねねこは、平謝りしてもう悪事をしないと約束したそうです。

それから、心を入れ替えたねねこは人間と仲良くなります。そして(経緯はわかりませんが)、ねねこは金毘羅神社の奉納相撲に参加しました。ねねこの相手は、かつて首根っこをおさえられた侍の子孫。加納鉄之丞です。2人の対決は湧きに湧き、賭けの対象にもなりました。対決はほぼ互角でしたが、最後は鉄之丞がねねこを土俵外に放り投げWin!勝負のあと、ねねこは川に帰り、加納家はねねこを家の守り神として祀ることにしました。

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ねねこは加納家の氏神として、ずっと布川のどこかにいるんですね
MEMO
人間との勝負はねねこの連敗。本当に、ねねこは強いのか・・・という疑問があります。しかし、やはり河童界では最強のようです。熊本に9,000もの河童の子分がいたという九千坊くせんぼうがいます。九州一帯の河童を牛耳る大親分ですね。河童といえば西の九千坊、東のねねこ。出典がわからないのですが、この2人は対決しています。結果はねねこの勝利・・・詳細、知りたいです!だれか教えてください!m(__)mねねこはあまり賢くないようです。でも、河童同士なら無敵です。

誕生の背景

布川に河童(ねねこ)がいたお話は、村の災害と関係がありそうです。

むかしはいまの地形と違って、琴平神社のすぐ下に小貝川がありました。(いまは少し離れた場所で、利根川に合流しています)当時の小貝川は非常に川幅が狭く、流れの速い川でした。しかも、川幅が狭いわりに深さがあり、いつも大小の渦が見えていたそうです。そして、数日雨が降るだけで氾濫し、村全体を浸水させていました。

そのため、この危険な川に子どもたちが近づかないように親たちは「渦の中には河童がいる」と脅かしていたそうです。河童のお話は当時の方々の危険防止のためでもあったのでしょう。

その他のねねこ情報

わたしが生まれる前なので知りませんでしたが、アニメにも登場しています。日本昔ばなしのWebサイトでざっくりと内容がわかります。ねねこは馬の生肝事件のあと、懲らしめられたお侍を好きになっています。・・・意外過ぎる展開。

また、マンガの地獄先生ぬ~べ~にも登場します。「ねねこがっぱだっぺよー」と出てきますが、あれは茨城弁なんですね。幼いころ、まったく気にしませんでしたが、ちゃんと利根川にいたことに由来しています。

赤松宗旦旧居

赤松宗旦そうたん利根川図志にも出てきます。赤松宗旦は、江戸時代に布川に住んでいた学者です。歴史、伝説、地理などを研究して、それをイラスト付きで書き残したものが利根川図志です。写真は宗旦がかつて住んでいた家で利根町の文化財として残っています。相撲大会の会場から5分ほど歩いたところにあります。

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利根町の歴史民俗資料館にねねこの模型があります。利根川図志をもとにつくったそうですが・・・子どもにはトラウマになるかも

利根川は日本で大きな流域面積です。長さは日本で2番めですから、日本屈指の川だといえます。その利根川を支配していたわけですから、やはりねねこは最強クラスなのでしょう。

イラスト『河童の女王ねねこ』

ここまで記事を読んでくださった方はお分かりになると思います。鉄之丞との相撲に挑むねねこです。

どうしても当時のねねこの姿が想像できなかったので・・・パワフルなプロレスラーとして描いていただきました。強気な表情と立派な体格。やんちゃな雰囲気が出ています。鼻息荒く、猪突猛進しそうですね!

まとめ

利根町の相撲大会は200年以上の歴史がある重要な神事です。かつては小林一茶も見て俳句を残しています。

相撲大会には、ねねこ河童が参加したという伝説があります。ねねこは利根川の河童の大親分。河童界で最強ですが、人間に敗れてしまいました。しかし、そのことが人間と仲良くなるきっかけでした。

利根町の布川にはさまざまな伝説や歴史が集中しています。観光したり探訪を楽しむことができますよ♪


参考図書
茨城の河童伝承/著:岡村青