養蚕は『ようかい』じゃなくて『ようさん』だ!蚕影神社に眠る金色姫の伝説(つくば市)

月夜の蚕影神社に現れた金色姫

はじめにお伝えしておきましょう!この記事は蚕影こかげ神社と金色姫こんじきひめ伝説について書いています。でも、詳しくありません\(◎o◎)/!蚕影神社をよく知らない初心者向けのものです。

なぜかというと、すでに他方でとても詳しく書かれているからです。神社の由来やご祭神、諸説ある伝説を知りたい方は、ぜひぐぐってみてください。わたしのものは、かる〜い気持ちで読んで下さいね。

たどり着け!蚕影神社

さて、以前、わたしは結城市を訪れて、結城紬の記事を書きました。そのきっかけとなったのが、つくば市の神郡かんごおりにある蚕影神社です。入口の立て札に、この地が日本の養蚕の発祥だったとあります。なかなか大胆な主張ですね。

その根拠は非常に面白いものです。なんと、インドからやってきたお姫様が蚕に生まれ変わって、つくばに養蚕業をもたらしたのです!伝説は後半にざっくりと触れるとしまして、先に神社をご紹介します。

神郡から見る筑波山

まずは神社にたどり着かなくてはいけません。実はこれが大変なので、気を引き締めてください。神社のある神郡は筑波山のふもとのあたりです。田園風景と筑波山を一緒に見れる素敵な場所です。

老人福祉施設・豊浦のそばに神社があります

蚕影神社の所在地は『つくば市神郡1998』です。でも、Web上の地図やカーナビで検索してもうまく表示されないかも。。。神社の登り口そばに保健施設『豊浦』がありますので、そちらを目指すといいと思います。(『豊浦』所在地:〒300-4212 茨城県つくば市神郡2013−1)

石段1

神社はこの石段を登りきったところにあります。石段はぜんぶで205段!登り始めのあたりの石は歪んで不安定なのでお気をつけください。

建築技術が発達していない時代に、なぜこのような場所に神社を建てようとしたのか。。。山に神がいるといっても、昔の方々の熱心さには頭が下がります。

もう少しで山頂!というあたりで、青いビニールシートを見かけました。

土砂崩れの後

土砂崩れが起きたようです。神社のすぐそばなので復旧させたいところですが、重機を入れることが難しい場所です。見かけても近づくのはやめましょう。

それでは、一気に神社まで行きます。

最後の石段の斜面

蚕影神社の外観

登りきりました!かわら屋根に『蚕』に文字があります。まごうことなき、蚕影神社です。

蚕影神社のいま

蚕影神社の外観(右から)

蚕影神社は養蚕の神を祀っています。養蚕業は明治以降に大きく発展しました。文明開化を支えた産業です。昭和の中期まで、茨城だけでなく日本中で盛んでしたので、それまでは蚕影神社に多くの参拝者が訪れたそうです。いまは時代が変わって参拝者も減ってしまいました。

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でも、人々の信仰の対象として支え合ってきた神社なので、なんらかの形で伝えていきたいですね。

神社の御朱印について

ふだん、蚕影神社は無人です。そのため、社殿の中の様子は見れません。建物の正面が拝殿、後ろにあるものが本殿です。拝殿が大正期、本殿は江戸初期に建てられたそうです。人の手が加わっていないため、いずれも老朽化が激しいように感じました。近くに駐車場がなく、険しい階段を登らないといけないせいか、参拝者はほとんど見かけません。

金色姫伝説

蚕影神社にまつわる金色姫伝説をご紹介します。詳しくは1802年に上垣守国うえがき もりくにが書いた『養蚕秘録』にあります。以下は私の要約したものです。

いまから1500年ほど前、インドに『旧仲国きうちうこく』という国がありました。国にはリンエ大王がいて、その娘にとても美しい『金色姫』がいました。

あるとき、姫の母親は亡くなってしまいます。それにより、大王は新しく皇后を迎えることになりました。しかし、新しい皇后は美しい姫を憎み、大王の見ていないときに何度も姫の命を奪おうとしました。庭で生き埋めになった姫を見つけた大王は、姫の行末を哀しみます。そして、泣く泣く姫を船で海へ逃がすことにしました。

船は長いときをかけて、茨城県の豊浦(いまのつくば市内)に漂着しました。そこで権太夫という漁師が、衰弱した金色姫を乗せた船を見つけます。権太夫は姫を家へ連れて帰り、夫婦で精一杯に看護しましたが、残念ながら姫は息を引き取りました。

姫のなきがらを大切に葬ってしばらくすると、夫婦の夢に姫が現れました。「食べ物をください。あとで恩返しをします。」なきがらを納めた唐びつを開けると、そこにはたくさんの虫(蚕)。姫が乗ってきた船が桑の木で出来ていたので、桑の木の葉を与えると、虫たちは喜んで食べ始めました。

しばらくすると、虫たちは繭をつくりはじめます。夫婦が虫たちの様子を心配していると、筑波のほんどう仙人が現れて、夫妻に繭から糸をとることを教えてくれました。漁師夫妻は、このあと養蚕業で栄えたので、金色姫を祀る御殿を建てました。それが、いまの蚕影神社のはじまりだと言われています。

参考
茨城のちょっと面白い昔話/著 ふるさと”風”の会

物語によれば養蚕業は金色姫と筑波の仙人によってもたらされました。蚕が生み出す真綿(絹)は、姫の恩返しの形なんですね。そう思うと、蚕にも姫にも感謝です。

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この伝説は養蚕に関連した他の神社にも、少し違った内容で残っています。不思議な伝説が、場所を変えて残っているというのは面白いことです。

イラスト『金色姫』

金色姫

Illustration by m えむ

城里町のホロルに続いて、m(えむ)さんに描いていただきました。

私は金色姫に美しくて献身的な女性というイメージを持っています。人のために生涯を捧げる蚕と似ていますね。このイラストでは姫と蚕の姿が一体となっています。美しくて幻想的なだけでなく、姿や印象を組み合わせた素晴らしくユニークな作品だと思います。

少しだけ設定をご紹介します。金色姫はインド(天竺)からやってきたということで、少しだけ日焼けさせています。また、お姫様なので王家独特の装飾品を身に着けています。はねや触覚は蚕の持っているものをアレンジして加えてくださいました。

シーンは月夜の蚕影神社です。姫は蚕になって恩返しを続けているわけですから、消えてなくなったわけではありません。神社のおまつりのときには、こうして姿を見せることがあるかもしれませんね。

蚕糸祭さんしさい(豊蚕祈願祭)

蚕影神社は年2回、おまつりがあります。3月28日の蚕糸祭と10月23日の例祭です。たまたま休日だったので、蚕糸祭に足を運んでみました。

蚕糸祭はご祭神に祈りを捧げるおまつりです。ですが、残念!ちょうど終わったところでした(T_T)蚕糸祭と例祭は11時から始まるそうです。

蚕糸祭で人がいる様子

蚕糸祭の蚕影神社

祭事が終わっても10名ほど残っていらっしゃいました。ほぼ女性です。Twitterの情報によれば、50名ほど参加されたとか。そういえば、蚕影神社には5回くらい来ていますが、参拝者とお会いすることはあったかな・・・。蚕影神社の雰囲気が好きなので、こうした光景は嬉しいものです。

神主さんは筑波山神社からいらっしゃいました。つくば、ホンモノ!夢特区によると、蚕影神社の神様は、筑波山神社の祭事で使用される『神衣』を織るために力を貸してくれています。蚕影神社のご朱印帳は、筑波山神社で受け取れますし、お互い助け合っていますね。

群馬の富岡製糸場は世界遺産に登録されました。歴史という点では、茨城はそれよりも古くからありますので、価値をどのように伝えていくかが大事なのだと思います。ささやかではありますが、私もこうしたブログを通して価値を発信していきたいです。

春喜屋

蚕影羊羹

神社の登り口に春喜屋はるきやという商店があります。ふだんはお店を閉めていることが多いのですが、おまつりのときは開けるそうです。記念に伝統のお菓子『蠶影羊羹こかげようかん』を購入しました。旧字体なので、フリガナがないと読めないです。それもまた歴史があるからこそでしょう。

アクセス

名称 蚕影神社(蚕影山神社)
住所 〒300-4212 茨城県つくば市神郡1998番地
ご祭神 和久産巣日神わかむすびのかみ埴山姫命はにやまひめのみこと木花開耶媛命このはなさくやひめ
駐車場 なし