【関東十八檀林】結城弘経寺|結城市

この記事でわかること
  • 由緒、ご本尊
  • 特におすすめの参拝の季節
  • 御朱印のいただき方

wata

ども!いばらき観光マイスターのwata(@wata_ibamemo)です!

茨城県には弘経寺ぐぎょうじが3箇所にあるのをご存知ですか?三寺は密接な関係にあり、その中でも飯沼(常総市)と結城は特別な間柄。江戸幕府とも縁があるんです。

特に有名なのは飯沼かと思いますが、結城も風情のある素晴らしいお寺です。由緒や境内の様子をシェアしますので、ぜひ参拝をお楽しみください。おすすめは春です!

寿亀山 天樹院 弘経寺と千姫|由緒・天樹祭・御朱印・彼岸花(常総市)

弘経寺(結城市)とは

弘経寺

弘経寺

由緒

文禄4年/1595年
創建
結城家十八代の結城秀康が息女松姫追善供養のため飯沼弘経寺の住職・檀誉だんよ上人(存把)を招いて建立
慶安2年/1649年
山門移築
長門城主・毛利輝元が徳川将軍に献上し、増上寺の山門としていたものを弘経寺に寄付して建立
明暦3年/1657年
鐘楼堂建立
十三世乗誉珂天上人の代に建立
延宝3年/1675年
本尊安置
本尊阿弥陀如来像を十八世一誉霊圓上人が奉安
延宝8年/1680年
鐘楼初鋳造
十八世一誉霊圓上人の代に初鋳造
宝暦4年/1754年
観音堂建立
三十三世軟誉辯秀上人の代に建立
明治43年/1910年
本堂建立
法然上人七百御忌、五十六世立誉便孝上人の代に建立
昭和27年/1952年
梵鐘再鋳
五十九世戒誉顕孝上人の代、檀徒の浄財により再鋳
昭和32年/1957年
県文化財指定
襖絵当麻曼荼羅が県の文化財に指定される
平成7年/1995年
本堂瓦葺替、鐘楼堂修繕
弘経寺開創四百年事業

本尊は阿弥陀如来(半跏坐像)。阿弥陀如来は浄土宗の本尊。念仏はもちろん「南無阿弥陀仏」です。

由緒の「創建」にあるように、当寺は飯沼弘経寺の住職を招いて創建されました。開山が檀誉上人、開基が結城秀康ということですね。結城秀康は徳川家康の次男。最近は刀剣乱舞の影響で『御手杵』の持ち主として知名度が上がったようです。

弘経寺は秀康の娘・松姫の供養のためにはじまりましたので、創建当初は小さな寺院だったかと思います。由緒を辿ると月日が経つごとに境内が立派になったことが読み取れますね。

檀林を示す扁額

檀林を示す扁額

その背景には江戸時代初期に関東十八檀林に定められたことがあるのでしょう。同檀林は江戸の増上寺を筆頭とした浄土宗の学問所。茨城だと常総の弘経寺、那珂の常福寺、稲敷の大念寺が数えられています。当寺で学んだ僧侶が各地で活躍したと考えると大変意義深い寺院ですね。

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徳川家光から50石を授かった大寺院。いまもその風格を残しており、結城の町並みを彩る存在です。
MEMO
檀誉上人は飯沼弘経寺の住職でしたが、下妻城主多賀谷氏と小田原北条氏の戦火により弘経寺が焼かれ下妻に逃れていたところを結城に招かれました。

仏像について学ぶならこちら

アクセス

最寄り駅は水戸線の結城駅。駅まで1.7kmほどなので徒歩約15分。車なら5分ほどです。

駐車場は境内の東側に位置しており、幼稚園側から入らないと停められません。ご注意を。

最寄りに高速道路は走っておらず北関東自動車道の桜川筑西ICを下りて約30分となっています。

名称 寿亀山 松樹院 弘経寺
住所 茨城県結城市結城1591
駐車場 あり

表門

表門

表門

本堂の南に位置する表門。本来の入口ですが、車でお越しの方が多いため、わざわざ回り込まないと見られません。

結城は他の地域と比較して道路が狭く建物が密集しています。古い町並みを残している情緒あふれる町とも言えますね。わたしはかなり好きですよ。

参道(桜並木)

参道(桜並木)

表門の先の山道には桜並木。古木かと思いますが、春になると見事な花を咲かせます。奥にも立派な桜が植えられていますので、春の参拝は特におすすめです。

そういえば、飯沼弘経寺も桜の美しいお寺でした。いずれも姫の墓所ということもあって彩られているのかもしれませんね。

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結城には俳人の砂岡雁宕や与謝蕪村も足を運びました。蕪村が残した襖絵は寺宝になっています。ふたりとも風流な境内を楽しんだのではと思います♪
MEMO
春の境内のようすは『茨城県の桜』でご覧ください。

山門

山門

山門

一見してただの寺院でないとわかる山門。なんとも荘厳。関東十八檀林の筆頭、江戸の増上寺から移築されたものです。

増上寺は大東亜戦争の空襲で堂宇の一部を失っていますから移築されなかったら焼失していたのかも。山門に運命があるかわかりませんが、素敵な偶然ですね。

不動堂と六地蔵

不動堂

不動堂

山門の正面に立ち左手に目を向けると不動堂が立っていました。祀られる不動明王は密教で信仰される仏の化身。浄土宗の境内にあるのはどんなめぐり合わせでしょうか。

人の多様性に応じる形で誕生した明王ですから、きっと浄土宗の檀徒を救うための建立なのでしょう。不動明王は厄除け、煩悩退散に霊験あらたかとされます。

六地蔵

六地蔵

反対側に目をやると今度は六地蔵が並んでいます。地蔵菩薩は菩薩の中でも慈悲深く地獄に堕ちた者さえ救済するといわれます。だいぶ古いようで表情がほとんど読み取れなくなっていました。

浄土宗の本尊である阿弥陀如来は念仏を唱えるあらゆる人々を救済するので、理屈ではすべて阿弥陀如来に頼ればよいですが。。それだけでは不安を克服できないのが人情なのでしょうね。

本堂

本堂

本堂

山門の先には驚くほど巨大な本堂。間口が八間(約14.5m)、奥行きが10間(約18m)もあるのだとか。これだけ立派な本堂はきっと文化財指定されているのだろうと思ったら違いました。

じつは明治後期の建立。寺院としてば比較的新しいのです。そのせいでしょうか、堂内で音楽イベント(結いのおと)を開催しているのを拝見したことがあります。

阿弥陀如来の前で歌ってますね!このイベントでは音楽ホールを使わずに町並みを舞台にしていました。若い方々が大勢いらしていたのが印象に残っています。

昨今は感染症の影響でこうしたイベントが開催されず残念。もうしばらく御仏に祈願しつつ、感染抑制に務めるとしましょう。

松樹院殿廟

松樹院殿廟

松樹院殿廟

本堂左手にある松樹院殿廟は開基である結城秀康の娘・松姫の墓所。当寺の院号も「松樹院」といいますので姫を供養するために建立されたとわかりますね。

ちなみに飯沼弘経寺の山号は天樹院。天樹院は境内に眠る千姫の院号でもあります。千姫は二代将軍・秀忠の娘です。

秀忠は松樹院の父・結城秀康の弟(母違い)。つまり、2つの弘経寺では兄弟の娘の供養がされています。わたしにはなんだか因縁めいたものを感じます。

御朱印

結城弘経寺の御朱印

結城弘経寺の御朱印

弘経寺の御朱印です。本堂右手の寺務所でいただけます。

まとめ

この記事のまとめ

  • 結城秀康が娘の供養のために創建した
  • 春になると境内が桜で彩られる
  • 御朱印は本堂右手の寺務所でいただける

参考文献

茨城の寺(二)/今瀬文也

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