龍王山 釈迦院 般若寺(土浦市)

平将門の伝説は県西地域に多く残されていますが、県南になると娘のお話があったりするんです。

平安時代ですから、娘にいったいなにができたんだろうと思うでしょうが、お寺を建てたり鬼になったり色々。。そんな興味深いお話が土浦市の般若寺はんにゃじには残されていました。

この記事では土浦市の隠れた(?)古刹・般若寺をご紹介します。

龍王山 釈迦院 般若寺とは

石柱

石柱

龍王山 釈迦院 般若寺は土浦市の宍塚にある真言宗豊山派のお寺です。わたしが興味を持ったのはその由緒です。

寺伝によれば、天暦元年(947年)平将門の次男将氏の娘、安寿姫(如蔵尼)により、尼寺として現在の学園沿い宍塚の台地に創建されましたが、のち平安末期にこの地に移されたと伝えられています。
般若寺のパンフレットより

如蔵尼にょぞうには以前に国王神社の由緒と滝夜叉姫の伝説でも耳にしました。そのときは将門の娘でしたが、こちらでは孫になっていますね。

鎌倉時代になるとこの地が北条氏の領地になったことで氏から保護を受け、七堂伽藍と五重塔のある立派な境内となりました。

しかし、それも戦国時代まで。永禄から天正年間までは争いが激しかったので般若寺は二度も消失して寺宝を失っています。

ただ。。般若寺はいまなお市内有数の文化財の宝庫です。その一部だけですが、少しずつ取り上げていきたいと思います。

御本尊は釈迦如来像です。鎌倉時代に北条時政の家臣・土岐入道が雲慶に作られました。

高さ171.5cmの寄木造。県指定の文化財です。当寺にはこのほか、阿弥陀如来立像、毘沙門天立像、文殊菩薩&普賢菩薩立像の3つの市指定文化財の仏像があります。

参考 般若寺土浦市立宍塚小学校

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般若寺のある宍塚は、むかし44の塚があったことに由来するといわれています。そのうち40mもある巨大な大白山古墳は安寿姫のお墓だとか。。

馬頭観音石碑

馬頭観音石碑

馬頭観音石碑

駐車場は山門のすぐ前です。本堂に行く前にチェックしていただきたいのが、馬頭観音の石碑です。嘉永5年(1852年)に建立されました。

馬頭観音といえば、観音には珍しく恐ろしい表情をしているといわれます。観音ではなく馬頭明王と呼ばれることもあります。

動物たち(とりわけ馬)を守護する仏です。石碑は慰霊のために立てられることもありますので、かつてこの周辺で多くの馬を飼っていたのかもしれませんね。

この馬頭観音像の文字は土浦藩の地理学者・沼尻墨僊が79歳のときに書いたもの。墨僊は江戸時代に傘の形をした地球儀を作るなど、非常にユニークな学問をしていました。

地理学者の他に寺子屋の先生や科学者としても活躍したんです。書の腕も半端じゃありません。土浦の天才です。でも、エレキテルを使った怪しい機械を作ったりもしたんですよね。ちょっぴりマッドだったかも。わたしと同じ土浦市民は要チェックです。

六地蔵

六地蔵

その後ろの石仏もマニアにはたまらない名作ばかりです!

本堂

境内

境内

山門をくぐると左にカーブしながら手水舎、本堂と進みます。

本堂でお参りしているとピンポーンとチャイムの音。誰か来るのかとちょっとドキドキしながらお参りしてきました。

般若寺は戦国時代に消失したと前述しましたが、そのうちひとつは天正元年(1573年)です。般若寺は佐竹軍を迎え撃つ小田軍の砦でした。そのため、佐竹軍に火のついた矢を撃たれて燃えてしまったんです。

当寺矢を撃たれたらほぼ焼失ですよね。お寺としては厳しすぎる世の中でした。。

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般若寺といえばかつてあった釈迦堂も有名です。茅葺きの見事な建物でした。土浦出身の日本一のびわ法師・検校が建立したという由緒も素晴らしい。
MEMO
お賽銭箱のとなりにお寺のパンフレット入った箱があります。ここに書かれていない由緒が詳しく書かれています。

銅鐘

銅鐘

銅鐘

般若寺といえばこの銅鐘です。鎌倉大仏を造った名工・丹治久友の作。いつでも間近で見れるのがすごい。。

大きさは高さ1m20cm、口径268.2cmです。鐘銘に建治元年(1275年)に造られたと刻まれています。現代の梵鐘にあるような画は一切ありません。

年号は元寇(文永の役)の翌年ですよね。じつは北条時宗が戦勝祈願のために般若寺に寄進したと言われているそう。。日本史最大のヒーローともいえる時宗ゆかりとなるとさらに価値を感じます!

パンフレットによると日本三梵鐘のひとつに数えられているとのこと。『茨城の寺(著:今瀬文也)』だと茨城の三梵鐘とありますね。あとの2つは市内の等覚寺と長勝寺(潮来市)です。

ふだんから自由に撞けるようになっていますが、国の重文は気が引けますよね。大晦日の夜だったら堂々と撞いていいそうです!

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貴重であることが有名だったので戦中でも徴収されませんでした!

結界石

結界石

結界石

本堂の左手前にあるのが県指定文化財の結界石けっかいせきです。建長5年(1253年)の刻印があります。古いっ!

結界石は寺院と在家(出家していない人)を区切るための印です。

写真だと逆光で見えないのですが、大界外相だいかいげそうと彫られています。外相のある面が在家の方々のいる方ということですね。

関東で律学(律宗)を広めた忍性にんしょうが建てたといわれてます。忍性は慶長4年(1252年)の冬から10年間、つくばの小田にある三村山極楽寺におりました。忍性と般若寺の関係はよくわかりませんが、中興の祖と考えられているようです。

満蔵寺カッパまつり

般若寺は市内の満蔵寺を兼務しています。満蔵寺はカッパ伝説のあるユニークなお寺でカッパの手(ミイラ)があることで有名です。

わたしも一度見たいと思っていたのですが。。般若寺のTwitterでそのお写真が!毎年6月に公開されますので、興味のある方はぜひ!

このカッパは嫁と子どもがいて桜川を離れるときにわざわざ挨拶しに来た律儀な性格です!

アクセス

名称龍王山 釈迦院 般若寺(真言宗豊山派)
住所茨城県土浦市宍塚1461
駐車場あり
WebサイトTwitterアカウント
年間行事 4月8日…般若寺花祭り
6月第1土曜日…満蔵寺カッパまつり

まとめ

土浦市の般若寺は平将門の孫(娘)が建てたといわれています。

北条氏の保護を受けて大寺院となりましたが、いくつもの災難に遭いました。

境内にあった多くを焼失しましたが、仏像や石碑など残されたものも数多くあります。

市内有数の文化財を持つお寺ですので、ぜひお参りしてみてください♪

参考図書

茨城の寺/今瀬文也

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