常名天神山古墳に鎮座する 常名神社|御朱印・常名城(土浦市)

古墳の上に鎮座するとっても珍しい神社を見つけちゃいました。しかもご近所。

わからず建てたのか、それとも。。気になるところですよね。

この記事では土浦市の常名ひたな神社をご紹介します。じつは御朱印をいただけるんですよ♪

常名神社とは

常名神社

常名神社

常名神社は土浦市の常名に鎮座しています。都和南小学校のある高台から少し降りたところ。住宅街に囲まれているので市民であってもほとんど知らないかも。。

常名って変わった地名ですよね。「日棚」とか「浸る」に由来するのでしょうか。傾斜のある土地で昔は桜川も近くを流れていましたので、いろいろ想像できますよね。

常名神社の創建はわかっていませんが、『茨城県神社誌』によると大正2年(1913年)に同地にあった無格社の天神社と八幡神社が合併して村の鎮守となりました。

ただ。。『茨城県の地名』だと大正10年(1921年)に東天神、西天神、八幡神社を西天神のあった現在地に合祀したとあります。

天神社が東西にわかれていたことは宮司からも耳にしておりますので、こちらが正確かと思うのですが。。合祀は4社だったような。ごめんなさい。この辺りは不確かです。

御祭神は菅原道真公誉田別ほんだわけです。天神社と八幡神社を合併したので当然ですね!

常名神社が鎮座する常名天神山古墳は市指定の史跡。全長約70mの前方後円墳です。一部削り取られてしまいましたが、元は90mほどあったといわれ、玉塚古墳(手野町)に次いで市内2番目の大きさです。

駐車場

鳥居付近に駐車場はありません。社殿の裏の方から境内に回り込んで下さい。以下のような場所です。

正直、参拝者はほとんどいませんので駐車できないことはありませんが、道中細い道路なので運転にはご注意を。。

鳥居

社号標と鳥居

社号標と鳥居

車は境内の駐車場に停めてぐるりと回って鳥居まで戻ってきました。村社の社号標と明神鳥居がありますね。

合併してひとつとなった常名神社ですが、それは時の政府の神社合祀令によるもの。氏子自らの意思でないので全国的には不満を持つ方も多かったとか。常名神社の場合はスッキリまとまったそうですよ。

石段と手すり

石段と手すり

社殿へ続く石段は急です。手すりがあるので大丈夫ですが、石段は狭い幅で年月が経っていることから丸みを帯びています。要するにかなり注意が必要でした。

拝殿

最後の石段

最後の石段

やっと拝殿が見えました。。ハァハァ。ちょっと疲れます。

拝殿

拝殿

拝殿は銅板らしきもので覆われており中を見ることができませんでした。やっぱり防犯のためでしょうか。

お賽銭を投げ入れる穴から『二拝二拍手一拝』の案内が見えました。御祭神は道真公と八幡さまなのでふつうの参拝していいようです。ぱんぱんっ!

拝殿の隣には絵馬がちらほら。天神社の性格がありますので地域の方が合格祈願をされたようです。

wata

社殿のある場所が前方後円墳の前方の部分です。古墳は5世紀初め頃の県下を代表する古墳だとか。。

本殿

本殿(覆屋)

本殿(覆屋)

覆屋で大切に守れた本殿です。屋根の部分には天の邪鬼らしき彫刻が。。

屋根を支える天邪鬼

屋根を支える天邪鬼

珍しいですよね。市内の東光寺でも同じ彫刻を見たことがあるんです。職人さんが同じだったりするのでしょうか??

そういえば東光寺も神仏習合が色濃く残っていました。ここも随分と。。

神仏習合の名残が見られる境内

古墳の上の境内社

古墳の上の境内社

少し境内を見て周ります。いまでこそキレイに整備されていますが、かつては木々が鬱蒼と茂った鎮守の森だったのでしょう。

社殿は前方後円墳の後円部にあります。後円部は高さ約5.8m。前方部は3mなのでちょっと高くなっています。

古墳は付近でよく見かけるんですよね。車で5分ほどの武者塚古墳では石棺や数々の銅製品が発掘されていまして、出土品は国指定重要文化財となっています。

神仏習合の名残の石仏

神仏習合の名残の石仏

前方部のあたりには境内社の稲荷神社などが並んでいます。お地蔵さまのように見えるのは神社誌にある大日如来でしょうか。そしてこんなものも。。

不思議な樹木

不思議な樹木

むむっ、よくわからない植物ですが、ここだけ土を残して維持されています。根のあたりに石碑があって「善道法師」と掘られていました。嘉永2年(1849年)に造られたようです。

なにか特別な場所だと思うのですが。。うーん、ミステリーなまま帰ってきてしまいました。宮司さんだったらわかるかな?

石造宝篋印塔

石造宝篋印塔

同じく前方部にある宝篋印塔。安土桃山時代の作とされ市指定文化財です。

宝篋印塔は免罪と来世の幸せを願う塔なので武士との関係が深いと考えられます。安土桃山時代はいわゆる戦国時代とかぶりますから、当地の武将が残したのかもしれませんね。。

そういえば、土浦市史をのぞいてみると殿里に近い水田辺りに常名城があったそう。城主の菅谷治貞で天正18年(1590年)に佐竹氏によって滅ぼされてしまったのですが。。

城跡には「八幡」の祠が残っているそうです。八幡さまは源氏の守護神ですから常名城主は源氏だったのかもしれませんね。

この地に合祀された八幡神社はそちらにあったのでしょうか。常名城は高台にあったといいますから、常名神社の景観と少し似ていたかも。

城主の菩提寺は常名神社から徒歩5分の金山寺でしたので、なんだか城がこちらに移ってきたかのようですね!もしかしたら宝篋印塔も!?

参考 武者塚古墳出土品と(石室)展示施設土浦市公式

御朱印

常名神社の御朱印

常名神社の御朱印

常名神社の御朱印です。初穂料は300円ということで。。個人的に大変思い入れのある神社なので、いただけてニヤニヤしております。

御朱印の頒布場所は宮司のご自宅なので、ネット上での公開は控えさせていただきます。

ただ、神社庁に所属している神社なので周辺の本務社で尋ねれば連絡先を教えていただけるかと思います。もちろん参拝後にいただいてくださいね。

アクセス

名称常名神社
住所茨城県土浦市常名2445-1
駐車場あり

まとめ

この記事のまとめ

  • 常名地区の鎮守社、天神社と八幡宮が合祀された
  • 古墳の上に鎮座している珍しい神社
  • 御朱印は宮司の自宅でいただける

参考図書

茨城県神社誌/茨城県神社庁
茨城県の地名/下中邦彦

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