【まとめ】茨城の御城印【Local Activate】

この記事は2019年12月〜翌年2月までに頒布された茨城県の御城印についてまとめました。

茨城の御城印とは

茨城の御城印は地域活性化を目的とするLocal Acitivateと一部の自治体によって頒布されています。

Local Acitivateはこれまで月1回ほどのペースで頒布イベントを開催。今後の予定は以下でご確認ください。

MEMO
  1. Local Acitivate/茨城県南御城印プロジェクト(@local_activate
  2. 攻城団(Webサイト

基本的にはLocal AcitivateをチェックすればOKです。

攻城団にはまとめ情報が投稿されますが、Local Acitivateがリンクを貼りますので追わなくて大丈夫です。

御城印を受けるために必要なもの

御城印は有料です。書入れ・書置きは1件(1枚)あたり500円。印刷した御城印は300円です。今後変更される可能性はあります。

なお、『書入れ』とは持ち込んだ帳面に御城印を書き込んでもらうことです。

『書置き』とは御城印の書き込まれた用紙をいただくことです。帳面が無い方はこちらとなります。

印刷した御城印とは『書置き』を印刷したものです。オリジナルではないということですね。

新着情報

新型コロナウィルス(COVID-19)の影響で頒布イベントの中止が続いている中、4月30日までの限定御城印の頒布がされます。すべて郵送です。

詳細は茨城県南御城印プロジェクトの公式アカウントでご確認ください。

頒布イベントの予定

令和2年3月8日(日)および同月29日(日)に予定していた頒布イベントは新型コロナウィルス(COVID-19)の影響により中止となりました。

次回の予定は未定です。事態が収束するまでもうしばらく待ちましょう。

MEMO
美浦で頒布予定の印は木原城と神越城でした。

牛久市

牛久城

牛久といえば牛久城!天文年間(1532-1555年)に岡見おかみが築いて居城したといわれます。

岡見氏は小田一族とされており、戦国時代は小田氏とともに北方から攻めてくる佐竹・多賀谷氏と争っていました。しかし、小田氏が弱り、立場の苦しくなった岡見氏は南の北条氏に助けを求めることになりました。北条氏はそれに応え牛久に兵を交代で駐屯させて守りを固めたのです。これがいわゆる「牛久番」です。

北条氏は有力な一族でしたが、豊臣秀吉の天下統一の総仕上げともいうべき「小田原攻め」によって滅亡。それに伴い岡見氏も没落します。牛久城は由良氏の支配となった後に廃城。当地の支配は由良氏→天領支配→山口氏と続き明治維新を迎えました。

牛久城跡は駐車スペースがあり、空堀などの遺構を見ることができますよ。

御城印は梵字を書く筆で書かれています。独特の太さと掠れ方をしていますよね〜

岡見氏由良氏第1回

MEMO
牛久市の芋千で書置き(印刷)を購入できます。330円(税込)

岡見城

牛久は岡見氏の領地。岡見氏は牛久城の城主なんですが、そちらに移る前は岡見城に居城したといわれています。

ただ。。岡見城についてはよくわかっていません。城跡はあるものの、記録らしいものが少ないのです。それには岡見氏が城の完成前に牛久城に移ったという説があります。戦国時代ですから展開に応じて城を変えることは考えられますよね。

岡見氏は北と南に強力な武将がいて非常につらい立場でした。小田氏を「最弱の武将」という声がありますが、その一族の岡見氏も決して強くは。。強敵に挟まれた点は佐竹氏も同じですが、戦力は岡見氏よりずっと上ですから比較は難しいですね。

城跡に駐車場はなく、ほとんど整備もされていません。城の入口に「岡見城」の石碑はありますが、中まで見て回るのは困難かと。行かれるなら詳しい方とご一緒がよいかと思います。

岡見氏第1回

MEMO
牛久市のヤマイチ味噌で書置き(印刷)を購入できます。330円(税込)

小坂城

小坂おざかも岡見氏領に含まれると考えられています。一説によると岡見氏は牛久城に移る前にこちらにいたとも。

小坂城の周辺には土岐氏に関連した下小池、久野城、福田城、泉城などがあることから、前線基地としての役割があったかもしれませんね。ただ、土岐氏とは必ずしも敵対関係というわけでもないようですが。。

当城については過去の記事にも書きましたのでぜひご覧ください。

城跡は駐車場を用意されており、案内の立て札などもあります。城の造りについて学ぶこともできますよ♪市の史跡として整備されており、素人にもめぐりやすいのでオススメです!

岡見氏第1回

MEMO
牛久市のヤマイチ味噌で書置き(印刷)を購入できます。330円(税込)

東林寺城

牛久沼の北に位置する謎の城・東林寺城。築城された時代は不明ですが、永禄年間(1558-1570年)には岡見氏の有力な支城とされていました。

このお城が不思議なのは岡見氏の居城とされる牛久城並に広大な敷地であること。2つの城は大して離れていないのに、なぜそんなに広いのか。

それは対岸に岡見氏と対立する多賀谷氏の城(泊崎城)があったことと関係しています。つまり、敵勢力と戦う可能性がもっとも高かったのです。

実際に多賀谷氏との合戦がありました。岡見氏だけでは多賀谷氏を退けることは難しいため、東林寺城には岡見氏に助けを求められた北条氏の兵もいたと考えられます。

以上のことから、東林寺城には「牛久番」があったともいわれます。けっこう有力な説ではないでしょうか。

ちなみに、東林寺城跡にはその名と同じ「東林寺」がいまもあるんです。このお寺には岡見氏の家臣であり、最強軍師といわれる栗林義長の位牌が置かれているんですが。。

義長については別の記事を参照していただくとして、東林寺の位牌は死してなお最前線で牛久を守る義長らしさがあっていいですね!

東林寺城跡に駐車場はありませんが、東林寺や少し離れた牛久観光アヤメ園などに停めることができます。

岡見氏第2回

MEMO
牛久市の芋千で書置き(印刷)を購入できます。330円(税込)

新地城

新地城しんちじょうは前述の東林寺城の異称です。

岡見氏第2回

注意
久野城の御城印は書置き(印刷)の販売をしておりません。当日の頒布のみでした。

久野城

土岐氏第2回

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牛久市の味の店いしじまで書置き(印刷)を購入できます。330円(税込)

延命寺山城

延命寺山城は久野城の異称です。

注意
延命寺山城の御城印は書置き(印刷)の販売をしておりません。当日の頒布のみでした。

土岐氏第2回

阿見町

下小池城

土岐氏第3回

MEMO
阿見町のだんごのやまだで書置き(印刷)を購入できます。330円(税込)

塙城

土岐氏第3回

MEMO
阿見町のだんごのやまだで書置き(印刷)を購入できます。330円(税込)

福田城

土岐氏第3回

MEMO
阿見町のだんごのやまだで書置き(印刷)を購入できます。330円(税込)

土浦市

土浦城

土浦城は愛称の『亀城きじょう』の方が知られていると思います。いまでは跡地が桜の名所となっており、市民にとっては憩いの公園です。

御城印は土浦市立博物館で頒布されました。博物館では市制80周年と土浦城が続日本100名城に選ばれた記念事業として特別企画展『土浦城』を開催。御城印もその事業の一環です。

御城印にある家紋は土屋家の三石畳と松平家です。文字は印刷だと思うのですが、限りなく直書きに見えます。

土浦城の築城については明らかになっていません。15世紀頃、当時の領主「的」な存在だった若泉氏か、後に同氏から土浦を奪った菅谷氏(小田氏の一族)が築城したと考えられています。

土浦は軍事的な要所であったとされ、江戸時代には物流の拠点として栄えました。土浦藩は9万5,000石まで石高を伸ばしましたから当然城も立派だったんです。

土浦城は江戸時代になってから少しずつ石高を増やしたことでたびたび拡張工事がされました。豊かになるのはよいのですが、逐次拡張というのは大変なことだったようですよ。

菅谷氏松平家土屋家土浦市 記念事業

武将印

岡見治広

御城印イベントで唯一頒布された武将印が『岡見治広』です。

第1回と第2回の御城印をすべて受けた方のみがいただけました。つまり牛久の御城印を揃えた方のみです。

節分の前日ということもあって、鬼やオタフクなどの印がありますね。緑色の葉は柊でしょうか。実家では節分の日にいわしと柊を玄関に飾りましたが、全国的ではないようですね。。

注意
今後の頒布予定はありません。

記念日

プレ・ニャンニャンの日(2月2日)

猫の日は2月22日と3つ2が並びますが、第2回頒布会が開かれた令和2年2月2日も2が3つ並んだことから、プレ猫の日として頒布されました。

岡見氏の家紋に加えて、日付のところに猫の足跡があるにゃん。

天皇誕生日(2月23日)

第3回頒布会が天皇誕生日(2月23日)であったことを記念して頒布されました。

皇室の家紋にあたる『菊花紋』と徳仁天皇陛下のお印『梓』が記されています。

参考文献等

参考図書

図説茨城の城郭.茨城城郭研究会
狐から生まれた男/編:金子敏

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