【全16種】茨城の御城印【まとめ】

この記事は2019年12月〜2020年9月までに頒布された茨城県の御城印についてまとめました。

茨城の御城印とは

茨城の御城印は地域活性化を目的とするLocal Acitivate一部の自治体および民間団体によって頒布されています。

Local Acitivateはこれまで月1回ほどのペースで頒布イベントを開催。今後の予定は以下でご確認ください。

MEMO
  1. Local Acitivate/茨城県南御城印プロジェクト(@local_activate
  2. 攻城団(Webサイト

基本的にはLocal Acitivateをチェックしていれば情報をキャッチできると思います!

頒布会で御城印をいただくために必要なもの

御城印は基本的に有料です。

Local Activateであれば書入れ・書置きは1件(1枚)あたり500円。印刷した御城印は300円です。今後変更される可能性はあります。

なお、『書入れ』とは持ち込んだ帳面に御城印を書き込んでもらうことです。

『書置き』とは御城印の書き込まれた用紙をいただくことです。帳面が無い方はこちらとなります。

印刷した御城印とは『書置き』を印刷したものです。オリジナルではないということですね。

牛久市

牛久市の御城印は2020年10月3日から新バージョンとなりました。

牛久城

牛久といえば牛久城!天文年間(1532-1555年)に岡見おかみが築いて居城したといわれます。

岡見氏は小田一族とされており、戦国時代は小田氏とともに北方から攻めてくる佐竹・多賀谷氏と争っていました。しかし、小田氏が弱り、立場の苦しくなった岡見氏は南の北条氏に助けを求めることになりました。北条氏はそれに応え牛久に兵を交代で駐屯させて守りを固めたのです。これがいわゆる「牛久番」です。

北条氏は有力な一族でしたが、豊臣秀吉の天下統一の総仕上げともいうべき「小田原攻め」によって滅亡。それに伴い岡見氏も没落します。牛久城は由良氏の支配となった後に廃城。当地の支配は由良氏→天領支配→山口氏と続き明治維新を迎えました。

牛久城跡は駐車スペースがあり、空堀などの遺構を見ることができますよ。

御城印は梵字を書く筆で書かれています。独特の太さと掠れ方をしていますよね〜

岡見氏由良氏第1回

MEMO
牛久市の芋千で書置き(印刷)を購入できます。330円(税込)

岡見城

牛久は岡見氏の領地。岡見氏は牛久城の城主なんですが、そちらに移る前は岡見城に居城したといわれています。

ただ。。岡見城についてはよくわかっていません。城跡はあるものの、記録らしいものが少ないのです。それには岡見氏が城の完成前に牛久城に移ったという説があります。戦国時代ですから展開に応じて城を変えることは考えられますよね。

岡見氏は北と南に強力な武将がいて非常につらい立場でした。小田氏を「最弱の武将」という声がありますが、その一族の岡見氏も決して強くは。。強敵に挟まれた点は佐竹氏も同じですが、戦力は岡見氏よりずっと上ですから比較は難しいですね。

城跡に駐車場はなく、ほとんど整備もされていません。城の入口に「岡見城」の石碑はありますが、中まで見て回るのは困難かと。行かれるなら詳しい方とご一緒がよいかと思います。

岡見氏第1回

MEMO
2020年10月3日以降は牛久市の味の老舗いしじまで書置き(印刷)を購入できます。330円(税込)

小坂城

小坂おざかも岡見氏領に含まれると考えられています。一説によると岡見氏は牛久城に移る前にこちらにいたとも。

小坂城の周辺には土岐氏に関連した下小池、久野城、福田城、泉城などがあることから、前線基地としての役割があったかもしれませんね。ただ、土岐氏とは必ずしも敵対関係というわけでもないようですが。。

当城については過去の記事にも書きましたのでぜひご覧ください。

城跡は駐車場を用意されており、案内の立て札などもあります。城の造りについて学ぶこともできますよ♪市の史跡として整備されており、素人にもめぐりやすいのでオススメです!

岡見氏第1回

MEMO
牛久市のヤマイチ味噌で書置き(印刷)を購入できます。330円(税込)

東林寺城

牛久沼の北に位置する謎の城・東林寺城。築城された時代は不明ですが、永禄年間(1558-1570年)には岡見氏の有力な支城とされていました。

このお城が不思議なのは岡見氏の居城とされる牛久城並に広大な敷地であること。2つの城は大して離れていないのに、なぜそんなに広いのか。

それは対岸に岡見氏と対立する多賀谷氏の城(泊崎城)があったことと関係しています。つまり、敵勢力と戦う可能性がもっとも高かったのです。

実際に多賀谷氏との合戦がありました。岡見氏だけでは多賀谷氏を退けることは難しいため、東林寺城には岡見氏に助けを求められた北条氏の兵もいたと考えられます。

以上のことから、東林寺城には「牛久番」があったともいわれます。けっこう有力な説ではないでしょうか。

ちなみに、東林寺城跡にはその名と同じ「東林寺」がいまもあるんです。このお寺には岡見氏の家臣であり、最強軍師といわれる栗林義長の位牌が置かれているんですが。。

義長については別の記事を参照していただくとして、東林寺の位牌は死してなお最前線で牛久を守る義長らしさがあっていいですね!

東林寺城跡に駐車場はありませんが、東林寺や少し離れた牛久観光アヤメ園などに停めることができます。

岡見氏第2回

MEMO
牛久市の芋千で書置き(印刷)を購入できます。330円(税込)
天才軍師 栗林義長の伝説〜狐の子孫(牛久市)

新地城

新地城しんちじょうは前述の東林寺城の異称です。

岡見氏第2回

注意
久野城の御城印は書置き(印刷)の販売をしておりません。当日の頒布のみでした。

久野城

土岐氏第2回

MEMO
2020年10月3日以降は牛久市のヤマイチ味噌で書置き(印刷)を購入できます。330円(税込)

延命寺山城

延命寺山城は久野城の異称です。

注意
延命寺山城の御城印は書置き(印刷)の販売をしておりません。当日の頒布のみでした。

土岐氏第2回

阿見町

下小池城

土岐氏第3回

MEMO
阿見町のだんごのやまだで書置き(印刷)を購入できます。330円(税込)

塙城

土岐氏第3回

MEMO
阿見町のだんごのやまだで書置き(印刷)を購入できます。330円(税込)

福田城

土岐氏第3回

MEMO
阿見町のだんごのやまだで書置き(印刷)を購入できます。330円(税込)

土浦市

土浦城

土浦城は愛称の『亀城きじょう』の方が知られていると思います。いまでは跡地が桜の名所となっており、市民にとっては憩いの公園です。

御城印は土浦市立博物館で頒布されました。博物館では市制80周年と土浦城が続日本100名城に選ばれた記念事業として特別企画展『土浦城』を開催。御城印もその事業の一環です。

御城印にある家紋は土屋家の三石畳と松平家です。文字は印刷だと思うのですが、限りなく直書きに見えます。

土浦城の築城については明らかになっていません。15世紀頃、当時の領主「的」な存在だった若泉氏か、後に同氏から土浦を奪った菅谷氏(小田氏の一族)が築城したと考えられています。

土浦は軍事的な要所であったとされ、江戸時代には物流の拠点として栄えました。土浦藩は9万5,000石まで石高を伸ばしましたから当然城も立派だったんです。

土浦城は江戸時代になってから少しずつ石高を増やしたことでたびたび拡張工事がされました。豊かになるのはよいのですが、逐次拡張というのは大変なことだったようですよ。

wata

期間限定の御城印かと思いましたが、市立博物館で常時購入できるようになっていますよ

菅谷氏松平家土屋家土浦市 記念事業

利根町

布川城

利根町といえば布川ふかわ!「布川」は地名としていまも残っており、利根町の中心地です。市役所があるのでご存じの方は多いハズ。

府川豊島氏によって築城され、土浦城主の松平信一がはじめて入城したことで知れています。といっても、この豊島氏には謎が多く、どういった経緯でこの地にやってきたのかよくわかりません。古河公方や北条氏の支配下にあったことは確かのようなんですが。。

城趾は空堀、土塁のみです。あまり状態が良くなく城跡がわかりにくいですが、徳満寺のある辺りなので探しながら観光してみてはいかがでしょう。

頒布場所の『手づくり和菓子船橋屋』(住所:茨城県北相馬郡利根町大字布川454-28)は月曜定休です。また、営業時間が通常よりも少し短くなっているようなのでご注意ください。

海珠山 多聞院 徳満寺の地蔵まつり|御朱印・尋舞の起源(利根町) 金刀比羅神社の奉納相撲大会|女河童ねねこの民話(利根町)

古河市

古河市ゆかりの御城印は2種類です。いずれも茨城古河バルーンプロジェクト(@kogajo201812)が発行しています。

購入できる場所古河のお休み処 坂長さかちょうです。コロナが落ち着けば古河公方公園でも頒布されるかも。。Twitterなどをチェックしてください!

坂長はJR宇都宮線の古河駅を降りて徒歩9分。古河城の城跡はほとんどありませんが、城下町を楽しんだり周辺の寺社をお参りできますよ!

MEMO
2種類の御城印はいずれも厚手の紙に印刷され、日付の部分が空白となっています。

古河城

古河のはじめての御城印が古河城です。2020年の4月から坂長で販売がスタートしました。古河では超有名!?古河公方のお城ですね。

古河城は鎌倉時代に下河辺氏の城館として築城されたとか。南北朝時代から室町時代の混乱期にかけては「古河御陣」として鎌倉公方が着陣。享徳3年(1454年)、鎌倉公方の足利成氏が関東管領の上杉憲忠氏を殺害して享徳の大乱が勃発。駿河守護今川氏が鎌倉を占拠すると今川氏に追い出される形で成氏は古河に渡ったのでした。。

ただ、古河周辺は公方の味方が多く、水運もあったことからあえて拠点を移したという考えもあるそうです。

4つの家紋は歴代藩主の家紋です。

その土井家の家紋「六つ水車」(左下)のほか、古河公方・足利家の家紋「丸に二つ引き」(右上)、小笠原家の家紋「三階菱」(右下)、永井家の家紋「一文字三つ星」(左上)と4つの家紋がデザインされています。
古河城の御城印/攻城団

イラストがあるのでぜひ行ってみたい!と思ったのですが、じつは1911年(明治44年)の河川の改修工事により城跡がほとんど残っていません。。乾門などは残っているんですけどね。

土井家足利家小笠原家永井家

古河公方館

古河公方館をご存知だったら、かなりの古河通かも。。次のようなものです。

「お城」というと微妙ですが、殿様がいたという意味では城なのかな?

館のあった古河公方公園は古河総合公園の愛称です。毎年3月に見事な桃が開花することで知られています。(古河桃まつり)すご〜くキレイなので遊びに行くことをオススメ!

イラストのかわいらしい女性は古河城の最後城主・足利氏姫うじひめです。女性が城主とは驚きですよね。北条方に属していたので秀吉の小田原征伐のあと城を明け渡すことなりました。このとき16歳?うーむ。。

足利氏

MEMO
氏姫の作者は古河のタウン誌Wasseで連載していた『こがのこガコちゃん』の作者・永沼いづみさんです。
【2020年は中止】日本一の古河桃まつり(古河市)

水戸市

水戸城

水戸城は茨城でもっとも有名なお城でしょう。水戸徳川家の居城ですからね(定府制なので藩主はほとんど江戸にいましたが。。)

現在、大手門の復興など、景観整備にあわせて城跡めぐりを楽しめるようになっています。水戸駅を下りてすぐなので、ぜひ観光に起こしください♪

御城印は2020年8月25日から頒布がはじまりました。通常verと大手門復元記念の2種類があり、いずれも300円(税込)です。

頒布開始から売れ行き好評ですでに完売しましたが、すぐに入荷予定なので楽しみにお待ちください。

販売場所は以下の3箇所です。

  • 一般社団法人 水戸観光コンベンション協会
     茨城県水戸市三の丸1-5-38 茨城県三の丸庁舎1階
     TEL 029-224-0441 / FAX 029-224-0442
     営業時間 8:30~17:15(土日祝休)
  • 水戸観光案内所
     水戸市宮町1-1-1 JR水戸駅改札口脇
     TEL・FAX 029-221-6456
     営業時間 9:00~17:45※短縮営業中(土日祝営業)
  • 北澤売店
     水戸市三の丸1-6-29 弘道館内
     TEL 029-231-2842
     営業時間 10:00~16:00(不定休)

徳川家

wata

販売所まで足を運んだのに売り切れていた場合、取り置きができるかもしれません。スタッフさんに聞いてみましょう
MEMO
販売所は臨時休業・短縮営業等する場合がございますので、事前に電話にてご確認ください。

常陸大宮市

御城

初見ではなかなか読めない御城みじょう。(「おしろ」って読んじゃいますよね)

いまは跡地に展望台が建てられ市街を見渡せるようになっています。じつは夏の『あゆまつり』で打ち上げられる花火はここから見るのが最高♪

常陸大宮市振興財団によって運営されており、公式サイトで次のように紹介されています。

応永15年(1408)、関東管領かんとうかんれい杉憲定の子義憲が佐竹氏を継いだとき、後見として美濃山方(岐阜県山県市)から常陸に入った上杉一族の山方能登守盛利やまがたのとのかみもりとしが居城としたと伝えられています。 その後、佐竹氏15代義治の第5子 東政義の居城となりましたが、ほどなくして東氏は小里(旧久慈郡里美村地内)に移ったといわれています。
御城展望台/常陸大宮市振興財団

御城印は3種類でいずれも300円(税込)、御城展望台(住所:茨城県常陸大宮市山方313)で2020年10月1日から頒布開始です。月曜日が休館日(祝日なら翌日)なのでご注意を。

落城の際にはお姫様があるものを残したという伝説が。。別の記事にまとめましたのでぜひご覧ください!

箱石と犬吠峠〜山方のミステリー(常陸大宮市)
MEMO
駐車場は展望台のある高台の麓のあたりです。(参考:公式サイト

武将印

岡見治広

御城印イベントで唯一頒布された武将印が『岡見治広』です。

第1回と第2回の御城印をすべて受けた方のみがいただけました。つまり牛久の御城印を揃えた方のみです。

節分の前日ということもあって、鬼やオタフクなどの印がありますね。緑色の葉は柊でしょうか。実家では節分の日にいわしと柊を玄関に飾りましたが、全国的ではないようですね。。

注意
今後の頒布予定はありません。

記念日

プレ・ニャンニャンの日(2月2日)

猫の日は2月22日と3つ2が並びますが、第2回頒布会が開かれた令和2年2月2日も2が3つ並んだことから、プレ猫の日として頒布されました。

岡見氏の家紋に加えて、日付のところに猫の足跡があるにゃん。

天皇誕生日(2月23日)

第3回頒布会が天皇誕生日(2月23日)であったことを記念して頒布されました。

皇室の家紋にあたる『菊花紋』と徳仁天皇陛下のお印『梓』が記されています。

過去イベント:籠城戦キャンペーン

新型コロナウィルス(COVID-19)の影響で頒布イベントの中止が続いている中、4月30日までの限定御城印の頒布がされます。すべて郵送です。

詳細は茨城県南御城印プロジェクトの公式アカウントでご確認ください。

参考文献等

参考文献

図説茨城の城郭.茨城城郭研究会
狐から生まれた男/編:金子敏

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