中染阿弥陀堂の鉄造阿弥陀如来立像|集中曝涼(常陸太田市)

この記事でわかること
  • 中染の阿弥陀堂の歴史
  • 国指定の重要文化財・常陸太田の鉄造阿弥陀如来立像について

鉄でできた仏像があるのをご存知でしょうか。ふつうは木製ですよね。

常陸太田市の集中曝涼で見れる仏像にあるんです。しかも国の重要文化財に指定されています。さらに重文なのに撮影ができる。。

全国的にも数が少なく貴重な仏像は毎年秋に開催される集中曝涼でのみ開帳されます。少々わかりにくい場所にありますが、ぜひ足を運んでください。

この記事では常陸太田市の中染阿弥陀堂に安置されている鉄造の阿弥陀如来像をご紹介します。

中染阿弥陀堂とは

中染阿弥陀堂とガイド

中染阿弥陀堂とガイド

中染阿弥陀堂は常陸太田市の中染に位置しています。駐車場は阿弥陀堂のそばにありますが、集中曝涼の日は少し離れた場所に臨時駐車場が設けられます。

といっても、歩いて5分もかかりません。当日は阿弥陀堂を目指していただき、途中でスタッフの誘導に従って駐車してください。

中染阿弥陀堂について、集中曝涼のパンフレットから引用します。

④中染阿弥陀堂

ここ中染の地には、東金砂山東清寺の末寺で阿弥陀如来を本尊とする阿弥陀院がありましたが、元治元年(1864年)の天狗・諸生の乱で火災にあい、建物が消失したと伝えられています。その後地元の人たちの手で小堂が建てられ、現在は国指定の鉄造阿弥陀如来立像を安置するための収納庫があります。
集中曝涼ガイドブック

つまり、お寺自体はありませんが、御本尊とそれを保護する収納庫だけがあるんです。収納庫といっても国指定の重要文化財を維持するために必要な金庫のようなものです。

阿弥陀堂はふだん閉じられていて、集中曝涼や特別な機会にだけ開帳されます。

阿弥陀院も天狗党の被害にあったんですね。この日、阿弥陀堂の北東にある東染林業センターでは当地の古文書が公開されていたのですが、そこには天狗党を指名手配する文書(御用書留)もありました。

武田耕雲斎は白銀30枚、首級で20枚の報酬とのこと。那珂湊から大子に逃げる途中の天狗党を捕らえようとしたようです。天狗党は常陸国のあちこちで暴れていたんですね。

駐車場から阿弥陀堂への通路

駐車場から阿弥陀堂への通路

駐車したら細い道路を歩き、自然に守護されているような阿弥陀堂へ。木々に囲まれているのでGoogleマップだと位置がよくわからないんです。ちょっとミステリアスな気持ちになる場所ですよ。

MEMO
中染阿弥陀堂は中染阿弥陀堂保存会によって管理されています。近くに車両が入れるように整備をし、簡易トイレとあづまやを設置。ふだんから除草作業なども行っています。

鉄造阿弥陀如来立像(国指定重要文化財)

阿弥陀堂手前で文化財のパンフレットをいただき、スタンプラリーのスタンプをポチッ。すぐ先にお目当ての如来像が立っています。

意外と広い阿弥陀堂。中にはガイドの学生が2人と参拝者が数名。こちらのガイドは毎回同じ子がつとめているので非常にわかりやすいです。

鉄造阿弥陀如来立像

鉄造阿弥陀如来立像

最大の特徴は鉄でできていること。そのため火災で建物と一緒に燃えなかったのだと思います。かなり重そうなので運び出したくても難しかったはず。。

穏やかな表情の阿弥陀如来像

穏やかな表情の阿弥陀如来像

穏やかな表情をされていますが、鉄造だけにずっしりと落ち着いた印象があって力強さを感じます。像高が164.2cmと高いせいもあるかもしれませんね。

像は弘長4年(1264年)の鎌倉時代に作られました。仏像に力強さがあるのは武士の時代だったこともあるでしょう。仁王像で有名な運慶・快慶も鎌倉時代に活躍ですよね。

像はたい焼きのように型に鉄を流し込んで作られました。横から見ると”耳”のようなものが残っているのがわかります。近づいてみるとバリが見えました。すごく独特な像なので一見の価値あり。

指の先が欠けているように見えますが、おそらくはじめからです。鋳造しているので型の奥まで鉄が届かなかったのだと思います。

背中にはフックのようなものが付いていて、そこにワイヤーを通して倒れないように固定されていました。むかしはワイヤーなどありませんので光背など別のものが付いていたのかもしれません。

また、背中には次のように彫られています。

奉冶鋳法然寺阿弥陀如来像
大檀那桐原左衛門入道念心、大大工権守入道西念
大勧進僧立佛房生年五十六、大仏師日向房良覚
弘長四年甲子四月二十六日

どうやら法然寺というお寺にあったようです。ただ、詳しいことは不明。中染には”花木山かぼくさん 勝養院しょうよういん”があったことから、その寺号が法然寺だったのではと推測できるそうですが。。

文化財の認定にはこうした記録が重要です。年代や製作者がわかることで保護する必要があるか判断されるからですね。

なお、当阿弥陀如来像の原型は大洗町の西光院にあります。鋳造では細部まで表現できないので西光院の如来像はより繊細な作りとなっています。

wata

作者の桐原左衛門は佐竹氏の家臣とみられ、念心や西念といった法名は親鸞との関係が考えられるそうです。笠間には西念寺がありますし、興味深いですよね〜!

アクセス

名称中染阿弥陀堂
住所茨城県常陸太田市中染23
駐車場あり
※集中曝涼は臨時駐車場あり

まとめ

この記事のまとめ

  • 中染の阿弥陀堂は国指定の重要文化財を保護するための建物
  • 中染阿弥陀堂に安置されている仏像は鎌倉時代の作で鉄製
  • 一般人が鉄造阿弥陀如来立像を見れるのは秋の集中曝涼のときだけ

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