西光寺の木造薬師如来坐像|集中曝涼(常陸太田市)

この記事でわかること
  • 西光寺の薬師如来像(国指定需要文化財)と仁王門について
  • 集中曝涼のようす

この記事では常陸太田市の西光寺に安置されていた木造薬師如来坐像と仁王門をご紹介します。

像は昨年非公開でしたので2年ぶりに見ることができました。課題となっていた駐車場を確保できたとのことで来年以降も拝観できると思います。

西光寺とは

西光寺(跡)

西光寺(跡)

西光寺について集中曝涼のガイドブックから引用します。

⑥西光寺

西光寺は真言宗豊山派の寺院でしたが、明治時代には無住になってしまい、現在に至ります。大正12年(1923年)の火災により、現存する仁王門を残し、本堂や薬師堂などの主要な建物は焼失してしまいました。
集中曝涼ガイドブック

中染の阿弥陀堂と同じ。もともと安置されていたお堂はなくなりましたが、文化財とその収納庫があるんです。仁王門はよくぞ残っていたという感じです。ちょっと破損してしまった箇所もあるんですけどね。。

公開場所の南東にできた駐車場に車を停め、仁王門をくぐって薬師如来像へと向かいます。

木造仁王像(県指定文化財)

吽形

吽形

阿形

阿形

仁王像(金剛力士像)は室町時代の後半に作られたとされています。阿形は高さ236cm、重さ230kg。吽形は高さ231.2cm、重さ246kgです。

目を大きく見開いていて迫力がありました。腹筋は割れていないので本物の力士に近い印象ですね。木目がよく見えるのでちょっと優しい感じもするのですが。。

ケヤキから作られたとされていましたが、調べたらカツラ材だったそうです。堅いケヤキと違って軽くて軟らかい木材だそうですよ♪

腕や指が欠けてしまっているのは火災で運び出した際と考えられます。少し残念ですが大部分は残っていますから当時の方々に感謝ですね。

石の形にくり抜かれた仁王門

石の形にくり抜かれた仁王門

仁王門の足下を見ると石の形にくり抜いてありました。不安定なように見えますが、石は動きませんからしっかり固定されているのでしょう。

MEMO
平成17〜18年に山形県の東北芸術工科大学文化財保存修復研究センターで解体修理を行いました。その際、享保2年(1717年)の修理札と般若心経の経典が見つかりました。

木造薬師如来坐像(国指定重要文化財)

学生ボランティアと収納庫

学生ボランティアと収納庫

仁王門をくぐり50mほど進むと西光寺の木造薬師如来坐像が安置された収納庫です。先に左手にあったテントでスタンプラリーのスタンプを押してから向かいました。

収納庫の手前には学芸員をつとめる学生ボランティアがいて、パネルを使って仏像の紹介をしていました。

パネルにあったのは如来像の修復のようすです。平成17年・18年度の2年間、奈良国立博物館内にある美術院国宝修理所でされたそうです。

木造薬師如来坐像(

木造薬師如来坐像(

国指定重要文化財の木造薬師如来坐像です。薬壷やっこを持っているのでひと目でわかりますね。

光背に別の仏像は飛天です。「空に飛ぶ天」ということで毘沙門天や弁財天がいるのでしょう。わたしは初めて見たかも。すごくかっこいい!

光背は東日本大震災でひびが入ってしまったので前述の修理所で修復作業がされました。

仏像の高さは143.7cm、九重の蓮華座(台座)を含むと290.7cmです。とっても大きく感じました。。

平安時代の後期に作られた定朝じょうちょう様式の仏像です。定朝は日本独自の仏像様式を確立したことで多くの貴族に受け入れられたそうです。それまでは中国の影響が大きかったのだとか。

まぶたが落ちているように見えて非常におおらかなお顔です。修復によって表面の漆箔(漆の上に金箔を乗せたもの)がなめらかになったおかげもあると思います。

集中曝涼で公開されている仏像のうち国指定重要文化財はこちらと中染阿弥陀堂の鉄造阿弥陀如来立像の2つだけです。しかもどちらも撮影できます。

wata

拝観できるのは集中曝涼の年間2日だけだと思います。ぜひこの貴重な機会に足を運んでみてください!
参考 木造薬師如来坐像常陸太田市観光物産協会

アクセス

名称西光寺
住所常陸太田市下利員町957
駐車場あり

まとめ

この記事のまとめ

  • 西光寺は火災で焼失したが、ご本尊は運び出されて国の重要文化財に指定された
  • 拝観は集中曝涼のときだけ。写真撮影ができる
  • 駐車場が用意され、2019年の秋に2年ぶりに公開された

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