尸羅度山 曼殊院 西蓮寺〜桜・イチョウ・文化財(行方市)

行方市の桜の名所といえば西蓮寺さいれんじ

秋のイチョウも有名ですが、わたしはやっぱりですね〜。文化財の仁王門や相輪橖の周囲に見事に咲き誇りますから、ぜひ多くの方に知っていただきたいです。

また、西蓮寺といえば数々の逸話や伝説があることでも知られています。特に常行三昧会じょうぎょうさんまいえにまつわる伝説は興味深いものがあります。

この記事では西蓮寺の由緒、文化財、伝説をたっぷりとご紹介します。春と秋は特にオススメ。心穏やかにお参りしていただけたら幸いです♪

西蓮寺とは

境内でくつろぐ人々

西蓮寺は行方市にある天台宗の古刹。住所は『行方市西蓮寺504』。かつてはかなり広範囲に渡って寺領を持っていたのでしょうか。

延暦元年(782年)に桓武天皇の勅願により天台宗の開祖 最澄の弟子である最仙が創建したといわれています。最仙は県南エリアで多くの寺院を開山しました。土浦市の東城寺、常福寺、桜川市の薬王院などが有名ですね。

ご本尊は最仙が彫ったとされる木造の薬師如来坐像。なんと高さが150cmもあるんです!県指定の文化財となっています。

歴史あるお寺なので文化財や伝説がたくさん。。それに境内の景観がとても美しいと評判です。特に春の桜と秋のイチョウは多くの写真家が撮影にいらっしゃいます。

仁王門

西蓮寺公民館隣の細い坂道を登って左に曲がると西蓮寺の境内。車は仁王門の前に停められますが。。隣の砂利駐車場へ。仁王門は記念写真スポットなので開けておきます。

仁王門(国指定重要文化財)

国指定重要文化財の仁王門です。大きく広がった屋根が特徴的。扁額の文字が非常に薄くなっていて年代を感じさせます。

この仁王門、1543年(天文12年)に建てられた際は楼門(2階建て)だったそうです。その後、寛政年間(1789~1801)に2階部分を壊して山門に作り変えられ、1860年(安政7年)にいまの形(仁王門)になりました。

古くなったら修復なり改築することはあるのでしょうが、山門や仁王門と変化した理由は気になりますよね。

参考 西蓮寺 仁王門行方市公式

相輪橖

満開の桜の境内

仁王門をくぐって50mほど直進。左に曲がって少しあがるとこの光景。。

4月は桜に注目しますが、秋にはイチョウが素晴らしい紅葉を見せてくれますよ!

相輪橖(国指定重要文化財)

イチョウの後ろにちらっと見えるのが相輪橖そうりんとうです。相輪橖は天台宗のシンボルとされています。最澄が比叡山に建てたためでしょう。

この相輪橖は元寇(弘安の役)の戦勝を記念して建立されました。錫杖の形をしていて、武器のような雄々しさを感じますね。江戸に2回、明治に1回、そして昭和に1回修復されました。

比叡山延暦寺や日光輪王寺と並ぶ貴重なものだそうで、国の重要文化財に指定されています。

wata

明治16年の火災で残ったのは仁王門と相輪橖、そしてイチョウです。いずれも文化財・天然記念物に指定されています。

常行堂

常行堂

イチョウのそばにある常行堂では、西蓮寺の伝統行事である常行三昧会が行われます。

この行事、実際に見たことはないのですが、僧侶が集まり9月24日〜30日の7日間、ある死者の供養をするというものです。そのある死者とは。。

かつてこの地を治めていた長者一家です。長者は八幡太郎義家(源義家)に滅ぼされてしまいました。理由は長者だから。。本当にそれだけなんです。

義家は豪勢な接待を受けた後、長者の財力を恐れて突然滅ぼすことに決めました。そこから命からがら生き延びた娘が西蓮寺に渡り、一家の供養をしたのが常行三昧会のはじまりです。

ただし、これはあくまで伝説。茨城県内で同様の伝説がいくつもあるうちのひとつです。他の地域だと長者が滅ぼされて終わるのですが、行方だけ『続き』があるんですよね。

ちなみに義家をもてなした長者は高須の一本松の伝説に登場しています。『高須の一本松』『滅ぼされた長者』『常行三昧会』の伝説はつながっているんです。興味深いですよね〜!

ご参考までに茨城新聞の映像をどうぞ。

参考 西蓮寺 常行三昧会(市指定無形民俗文化財)行方市公式

wata

なぜかこの伝説では極悪人の義家。事実ならむしろ隠蔽されそうですが、語り継がれるどころか各地域バージョンまであります。伝説誕生の理由も気になりますね!

本堂

本堂に続く桜並木

本堂に向かう参道の桜並木。わたしは市内一の桜の名所ではないかと思います。4月上旬に満開を迎えますから、ぜひTwitterなどでチェックしてください!

本堂

本堂です。ちょうどお経をあげていました。その後ろでわたしも静かにお参り。素朴なお堂で親しみが持てます♪

境内の案内板には次のようにありました。

鎌倉時代の中頃、比叡山の無動寺から慶弁阿闍梨けいべんあじゃりが来て七堂伽藍を造営し、京都の曼殊院まんじゅいんの門跡忠尋大僧正が、乱をのがれてこの寺に来てとどまり、曼殊院の額を山門にかかげたと伝えられている。

西蓮寺の院号が曼殊院なのは上記の関係でしょうか。

最仙が常陸国にやってきたのは大掾氏が天台宗に帰依していたためといわれます。それまで自由に布教できませんでしたから、ここぞとばかり重鎮がやってきたのでしょう。

創建の経緯も含めて茨城では特に重要な天台宗のお寺といえます。

大イチョウの紅葉

大イチョウ(県指定天然記念物)

大イチョウは二株。仁王門に近いほうが一号樹。幹囲約6m、樹高は25mです。1833年(明治16年)の火災で幹が焼けて細くなりました。最仙のお手植えといわれています。

もうひとつが二号樹。幹囲約8m、樹高は27mです。1917年(大正6年)の台風で枝が折れましたが非常に立派です。根本のあたりに尸羅度しらと稲荷社があります。

例年の見頃は11月下旬〜12月上旬です。紅葉の状況は行方市や観光協会のTwitterでチェックしておきましょう。わたしもつぶやきますので、それぞれフォローをお願いします!

御朱印

西蓮寺の御朱印

行方市の御朱印です。写真の通り4種類。御朱印料は300円です。

最近は不在の時が多いかなと思います。ご参考まで。

アクセス

名称尸羅度山 曼殊院 西蓮寺(天台宗)
住所茨城県行方市西蓮寺504
駐車場あり
Webサイト観光いばらき

まとめ

行方市の西蓮寺は桓武天皇の勅願により最仙が建立したといわれています。

明治の大火事で伽藍の多くを失いましたが、仁王門と相輪橖は焼けずに残っており、いずれも国指定の重要文化財です。

春の桜と秋のイチョウが大変美しいです。Twitterなどで情報を得て、ぜひお参りにお越しください。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA