2月17日(水)『うなぎ地蔵』(城里町)の記事を公開しました。次回更新は2月21日(水)の予定です。

歴史や文化ってどうして大切なの?900年の歴史を背負った『高須の一本松』を見て考えたこと(行方市)

高須の一本杉アイキャッチ

どの市町村も自分たちの歴史や文化をとても大切にしています。そのことは各市町村のWebサイトを見ればすぐにわかります。歴史や文化を紹介しないところはありません。

でも、「どうして大切なの?」と聞かれると、回答に困ります。面白くて好きなので大切にしてきましたが、深く考えたことはなかったです。。。

先日、行方市にある高須たかすの一本松を見てきたときに、そんなことを考えていました。一本松のことを紹介しながら、わたしなりに回答してみたいと思います!

高須の一本松とは

霞ヶ浦ふれあいランドのシンボルタワー

茨城の県南に、かすみがうら市と行方市をつなぐ『霞ヶ浦大橋』があります。橋を渡った行方市側には『観光物産館こいこい』や『高須崎公園』がありまして、高須の一本松は公園のとなりにあります。公園からは行方市のシンボルタワーが見えますよ〜。一本松を見つけるのは少し苦労するので、最後に記載する地図をご活用ください。

高須崎の一本松(3本)と石碑

高須崎の一本松(3本)

というわけで、こちらが『茨城百景』の高須の一本松です。一本松のはずなのに3本ありますね。理由は立て札にありました。「1本だとすぐに枯れてしまうかもしれないから」とのことです。そう。高須の一本松にはとても古い歴史があるのですが、初代はすでに枯れてしまったんです。

受け継がれる松の歴史

高須の一本松の歴史をざっくりとご紹介します。

もともと、一本松がこの地に植えられたのは平安時代のことです。1051年、源頼義みなもとのよりよし義家よしいえ親子は鹿島神宮で戦勝祈願した帰りにこの地を訪れました。しかし、暴風雨にあったので、長者の接待を受けながら雨風がおさまるのを待っていました。その時、義家が歌を詠んだところ、不思議にも暴風雨が止んだといいます。よかったよかったと館を出て波間を見ると、そこには一本の小松が漂っていました。それを義家が取り上げて植えたのが、高須の一本松のはじまりです。

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義家は小松が願いを聞いてくれたと思ったのかもしれませんね。ちなみに、義家には八幡太郎はちまんたろうという名前もあります。

初代はとても立派な樹でした。樹齢900年。根本周りは8m。樹の高さは約7mで横に23mも広がっていました。樹のかたちは竜が湖岸で水を飲んでいるようで、とてもかっこよかったそうです。水戸黄門こと徳川光圀や徳川斉昭も気に入った銘木めいぼくで、ふたりとも一本松で歌を詠んでいます。昭和27年に県の天然記念物に指定されましたが、残念ながら松くい虫によって枯れてしまいました。そのため昭和55年に指定が解除されています。

初代は枯れてしまいましたが、実(松ぼっくり)が残っていました。それを植えることで、高須の一本松の2代目が誕生しています。

2代目と3代目にも苦難

3代目高須の一本松(夏)

昭和58年(1983年)に一本松は2代目となりました。しかし、苦難が続きます。2代目、3代目も次々と松くい虫によって枯れてしまったんです。上の写真は昨年(2016年)の8月に撮影した3代目です。石碑の後ろにあってわかりにくいですが、青々としています。

3代目高須の一本松(秋)

昨年の12月に撮影したものです。明らかに枯れています。

3代目高須の一本松(冬)

今年の1月です。松は伐採されて、なにもなくなってしまいました・・・。

しかし、松の歴史は終わりませんでした。『高須の一本松再生検討委員会』によって、4代目が植樹されたのです。地元の方々の「歴史ある松のことを知ってもらいたい」という強い思いがあってのことです。

4代目高須の一本松(春)

4代目は今年(2017年)の3月29日に植えられました。当初から3本が植えられていますので、松くい虫をかなり意識しています。

MEMO
今年の2月に茨城新聞が4代目の植樹について記事にしています。それによれば、再生委員会には造園業者も参加して土地の改良などまで話し合ったそうです。松の成長はたくさんの方が願っていますから、なんとか叶って欲しいです。

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高須の一本松の歴史は『なめがた日和』に大変詳しく書いてあります。光圀や斉昭らのゆかりもありますので、ぜひご覧ください。

なぜ、そこまで大切にするのか

やっと冒頭の話題に戻ります。

4代目高須の一本松

高須の一本松の再生には熱い気持ちを感じます。再生にはたくさんの年月がかかりますし、技術的に難しいことがいくつかあります。なぜ、そこまでするのでしょうか。

初代とまったく同じではありませんから、そもそも再生が必要か、という意見もあるはずです。高須の一本松の価値が、その古さや大きさ、関わった人物にあるなら、いまの松は違います。松を再生にはどんな意味があるのでしょうか。

もしも、歴史や文化が無くなったら

歴史や文化はたくさんの方の努力によって残っています。残っていて普通なので、その大切さや意味を感じにくいものです。それに気がつくために「もしも、無くなってしまったら」と考えてみます。

「子供の頃、お正月は家族で神社に初詣に行った・・・いまはその神社ないけど」
「子供の頃、夏に町内でお祭りがあって友達と参加した・・・いまはそのお祭りないけど」
「子供の頃、学校帰りのあの景色が好きだった・・・いまは変わってしまったけど」

こんなことが連発したら、気持ちが不安定になります。

「あの芸術家は自分と同じ出身だ!・・・記念館はないけど」
「自分の町に素晴らしい歴史がある!・・・博物館はないけど」
「自分の町から重要な古墳が発見された!・・・いま駐車場だけど」

・・・自分の町を好きになる機会を失っていると思います。

まとめ

高須の一本松は、形として残すことの重要性を示していると思います。形があればわかりやすいですよね。

人生で道に迷ったり不安を感じたら、誰もが自分の周りを振り返って落ち着こうとします。落ち着いたら、そこからまたやり直せます。実際の道(道路)に迷っても同じことをしますよね。歴史や文化が残っていると、迷ったときに自分を取り戻す目印になると思います。ずっと見てきたものや、いままでしてきたことを確認できるって大事です。

歴史や文化をなぜ大切にするのか。わたしの回答はいつか道に迷ってしまった人の支えになるからです。

とはいえ、大切にする理由は別の意見があっていいです。たくさんあって困ることはありませんよね!

アクセス

名称 高須崎の一本杉
住所 〒311-3512 茨城県行方市玉造甲
駐車場 あり