安産・育児の胎安神社と子安神社(かすみがうら市)

安産と子どもの健やかな成長はいつの時代も親たちの願い。もしかしたら神社やお寺でもっとも多いお願いかもしれません。

茨城だと桜川市の雨引観音やつくばみらい市の板橋不動尊などが有名。それらと合わせて覚えておきたいのが、かすみがうら市の胎安たやす神社子安神社です。

興味深いことに2つの神社すぐ近く。名前は似ていますが、なんか関係があるのでしょうか。この記事で詳しくご紹介しますので想像してみてください!

胎安神社とは

胎安神社境内

胎安神社境内

胎内安全、安産育子、子授けで知られる胎安神社はかすみがうら市の西野寺にあります。言い伝えによると創建は763年。御祭神について公式サイトから引用します。

社伝によると、御神体は、鏡(藤原政重の銘)で、初めは、下総国香取神宮の神(経津主命ふつぬしのみこと)を祀り、相殿(あいどの)に、山城国葛野郡(京都嵐山)梅宮大社の御分霊として、胎内安全の神(木花咲耶姫命・このはなさくやひめのみこと)を祀りました。
神社の歴史と由緒/胎安神社公式

「初めは」は次のような意味です。

昭和31年2月8日神社本庁の承認を得て、香取神社の相殿になっていた胎安神社を正式に、「胎安神社」と改めました。
神社の歴史と由緒/胎安神社公式

いまは木花咲耶姫このはなさくやひめが主祭神と考えてよさそうですね。

1055年、奥州征伐に向かう源頼義、義家(八幡太郎)親子が都の内室のために安産祈願をしました。1064年、帰路のお礼参りで太刀を奉納。このときの奉納札は残っています。

義家親子は後ほど紹介する子安神社にもお礼参りをしました。2つの神社は当時からあって同じように安産を願われていた。よく似た2社の関係、とても気になっております。。

wata

『古事記』だと、木花咲耶姫は燃え盛る産屋で出産しました。。夫は天皇の先祖にあたる瓊々杵ににぎ命(天皇の祖先)ですよ〜

社殿

胎安神社社殿

胎安神社社殿

遠目でわかりにくいのですが、拝殿の中央に笹竜胆ささりんどうの紋章があります。源義家の家紋であり、前述したお礼参りの際に使用を許されました。

胎安神社の安産祈願は志筑藩(いまのかすみがうら市)主・本堂家はもちろんこと府中藩主(いまの石岡市)や土浦藩主も訪れています。当時は香取神社の相殿でしたが、熱心に信仰されていたんですね!

拝殿前にスッと伸びているのが不老長寿の杉。樹の一部を衣類に縫って身につけるといつまでも元気で長生きできると伝えれています。樹齢の割に細いのですが、数十年前にあった落雷から復活。強い生命力です!

wata

じつは本堂家の家紋も笹竜胆。市内の稲吉宿本陣にありましたので、江戸時代からなのかも。。

子持ち松

子持ち松

子持ち松

社殿の右手に回ると御神木の子持ち松があります。明治時代に枯れてしまいましたが、いまもお参りする方はたくさん。その理由がこちら。

子持ち松から突き出た石

子持ち松から突き出た石

樹からふっくらと石が出ていて妊婦のよう。安産を願う神社にふさわしい姿です。無事に出産された方々もお礼参りでいらっしゃるのだとか。義家たちと同じですね。そうやって後世に伝わってきたのだと思います。

御朱印

胎安神社の御朱印

胎安神社の御朱印

胎安神社の御朱印です。初穂料は300円。

胎安神社はわたしの知る限り、もっとも御朱印の種類が豊富。毎月のお花、行事、雨の日限定のスタンプなど、組み合わせで全42種にもなります。

では、この御朱印は?おっと!なにも押されていない!!

書き置きなので忘れちゃったかな?気がついたらお声掛けしましょう。

戌の日の御朱印

戌の日の御朱印

戌の日は限定御朱印をいただけます。(書き置きのみ)ご希望の方は社務所でお声掛けください。

このときは参拝のしおりのほか、おみくじ引換券や本のしおりまでいただきました。それに温かいお茶も。至れり尽くせりのお参りでした。ありがとうございます♫

wata

耳の聞こえにくい方が対応してくださる場合は、カードを使ってお願いできます。公式ブログに詳しくあるのでご覧ください。
MEMO
2019年1月1日は戌の日。1月1日〜7日はお正月限定限定のスタンプもあります

アクセス

名称 胎安神社
住所 茨城県かすみがうら市西野寺434
駐車場 あり
電話番号 0299-22-5398
Webサイト 胎安神社公式
胎安神社ブログ
☆胎安神社の巫女のブログ☆
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子安神社とは

子安神社境内

子安神社境内

子安神社はかすみがうら市の東野寺にあります。胎安神社からだと車で1〜2分といったところ。

創建は807年(大同二年)。平城天皇の時代です。御祭神についてパンフレットから引用します。

大同二年、駿河国富士浅間大神と鹿島大神の御分霊を鎮斎。
由緒沿革/子安神社

富士浅間大神とは木花開耶姫命のこと。鹿島大神は鹿島神宮の御祭神武甕槌たけみかづちです。(胎安神社の木花咲耶姫命と漢字が微妙に違う)

胎安神社と同じ御祭神ですから、もちろん安産や育児を願う方が多く訪れます。前述の通り、源頼義・義家親子も訪れており、安産を祈願しました。

子安神社の拝殿

子安神社の拝殿

社殿の中に笹竜胆がありますよね。源氏とのゆかりを示しています。このあとに七五三のお祝いがあったようで、いつもと違う内観かもしれません。

樹々に囲まれひっそりした雰囲気。足元は苔がびっしり。濃いめのグリーンが日常と違った世界を感じさせます。身近にこんな神秘的な場所があったとは驚きました。

子安神社本殿の彫刻

子安神社本殿の彫刻

本殿の彫刻がすごい。。龍や獅子がこんなにたくさん。色あせていますけど、かつては鮮やかな朱色だったと思います。

wata

整備された駐車場はありませんので、参道を走り奥に駐車して大丈夫です。宮司からも聞きました
MEMO
棟札によると拝殿は1673年に建てられました。本殿は江戸初期といわれています
MEMO
義家親子が子安神社を訪れた年は1056年と1063年。胎安神社と微妙に異なります

子安講

子安講をご存知でしょうか。子安神社の神様を信仰する方々の集まりで、じつは一般の国語辞典にも載っています。大体次のような意味です。

既婚の若い女性が集まって子安神を祀(まつ)り、安産を祈る行事。19日に行われることが多く十九夜講ともいう。関東地方にみられる。
こ やすこう -かう [0] 【子安講】/weblio辞書

出産がいまよりずっと大変だった時代。女性たちの心の支えになったと思います。子安神社のサイトによると、江戸時代にはじまって女性しか参加できなかったそう。

子安講の掛け軸

子安講の掛け軸

写真の掛け軸は子安講で実際に使用されたものです。知人からご提供いただきました。正一位は最高の位。『大明神』は神仏習合の時代(明治以前)を感じさせますね。

時代が変わって講のある地域はかなり少なくなりました。信仰やコミュニティーは別のものに置き換わったのだと思います。

ただ、人々の心自体が変化したわけではないので、かつてこのような集まりがあったことは覚えておきたいですね。

おかしま様

おかしま様

おかしま様

子安神社といえばおかしま様。公式サイトから引用します。

かすみがうら市四ヶ村地区で使用されている安産のお守りです。
妊婦がいる家庭の持ち回りで、無事出産が終わると半紙で包み、水引を掛けて次の妊婦さんのいる家庭に渡します。
古くから様々な家を渡り歩いたこの半紙は、中の古い紙は炭化して黒くなっています。
子安講半紙《おかしま様》/子安神社公式

お写真はりんさん(@rin1070)からご提供いただきました!説明の通り、中心が黒くなっていますね。

おかしま様は「鹿嶋の神様」が由来でしょうか。当社の御祭神ですので可能性は高そうです。鹿島神宮でも安産祈願をされる方は多く、昔から信仰されていたのでしょう。

なぜ半紙で包んでいくのかはよくわかりません。紙、紙、神。。

常陸大宮市のおかしま様

常陸大宮市のおかしま様

余談ですが、常陸大宮市にもおかしま様があります。そちらは上の写真の人形を使って村に病が入ってこないように祈願する民俗行事。地域おこし協力隊のブログに詳細がありますのでご覧ください。

御朱印

子安神社の御朱印

子安神社の御朱印

子安神社の御朱印です。初穂料は300円。

文字の後ろに女性の姿が見えます。御祭神の木花開耶姫でしょうか。いただいたパンフレットには次のような歌がありました。

身妊みごもりし おみなをまもる 子安神 生まるる和子わこも いと健やかに

自らは苦労をして出産した木花開耶姫だからこそ、安産の神として見守ってくれるかもしれませんね。

アクセス

名称 子安神社
住所 茨城県かすみがうら市東野寺252
駐車場 なし(鳥居の先に駐車可)
電話番号 0299-22-1443
Webサイト 子安神社公式

2つの神社を比較

ここまでお読みいただいた方は2社がよく似ていると思いませんでしたか?一覧で比較します。

名称 胎安神社 子安神社
所在地 かすみがうら市西野寺 かすみがうら市東野寺
創建 763年 807年
御祭神 木花咲耶姫命
(経津主命)
木花開耶姫命
武甕槌命
ご利益 安産・育児・胎内安全
その他 源頼義・義家親子の伝説
笹竜胆の紋章
式内社の夷針神社?

経津主命は香取神宮、武甕槌命は鹿島神宮の御祭神です。云わずとしれた東国三社の神で2神は非常に深い関係といわれます。じつはひとつの神で和御魂を経津主命、荒御魂を武甕槌命と呼ぶなんて説も。。

もうひとつ気になるネタを。Webサイト『延喜式神社の調査』が過去の胎安神社のサイトから引用した由緒です。長いので重要な部分を2つ抜粋します。

今なほ「胎安講」「児安講」として各地で婦人集会が盛に行はれ、その信仰の根元となつて居る事もうなづける事と信じます。
胎安神社/延喜式神社の調査

神徳は四方に響き「胎安講」「子安講」の講中多く、太々神楽の奉納で賑う。
胎安神社/延喜式神社の調査

「子安神社」は出ませんが「子安講」や「児安講」はあります。わたしだったら自社の紹介で他社について書きません。もし、子安講を書くなら、子安神社も書くでしょう。

なにが言いたいかというと、2社はもともと一緒だったか一緒に近い存在だったと思います。

Web上で2社についてはたくさんあるのに、関係性はあまり紹介されていません。なにかご存知の方はご一報を!

MEMO
胎安神社は11世紀〜16世紀辺りまでの社伝がありません。その前後はあります

まとめ

胎安神社と子安神社はかすみがうら市にあります。2社はすぐ近くにあって安産・育児の願いを叶えてくれるといわれています。

共通点や関係性を感じることが多々あって、知られていないつながりがあるかもしれません。

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