『延方相撲』の鹿嶋吉田神社|潮来市

この記事でわかること
  • 鹿嶋吉田神社の由緒
  • 延方相撲の起源
  • 御朱印のいただき方

wata

ども!いばらき観光マイスターのwata(@wata_ibamemo)です!

社名に2つの名前が入っている神社ってたまにあるんですよね。わざわざ残したのはそれなりの理由があるはず。。ひときわ興味がそそられるというものです!

この記事では潮来市の鹿嶋吉田神社をご紹介します。鹿嶋と吉田は水戸藩絡みで茨城に非常に多い社名ですよね〜

鹿嶋吉田神社とは

桜並木と二の鳥居

桜並木と二の鳥居

由緒

早速、鹿嶋吉田神社の由緒をざっくりとご紹介します♪

大同年間?/806-810年
創建
古高に国上神社と共に創建
応永20年/1413年
神輿修繕
寛永7年/1630年
鳥居修繕
慶安元年/1648年
舞殿再興
寛文12年/1672年
延方相撲の起源
下幡木との土地争いに終止符がうたれ、奉納相撲がはじまる
元禄9年/1696年
吉田神社を遷宮
水戸藩主・水戸光圀公の命で諏訪ヶ原の吉田神社(延宝4年創建)を遷宮し相殿とする
※「宝永頃水戸鎮守社録」によると元禄11年
明治6年/1873年
村社列格
延方、島崎両村の村社となる
明治10年/1877年
現社号に改称
明治44年/1911年
合祀
字東の厳島神社、字下田の素鵞、山倉神社を合祀
大正元年/1912年
合祀
字徳島の厳島、水神社、義烈神社、字小泉の浅間、洲崎、三峰神社を合祀
大正2年/1913年
合祀
新宮の稲荷神社を合祀
昭和63年/1988年
桜植樹
ふるさと創生資金を利用して、参道沿いの桜を植樹
平成26年/2014年
春日灯篭建立
社殿の新築を記念して遺族会が寄付
平成31年/2019年
恵比寿神社社殿工事

御祭神は武甕槌たけみかづち日本武やまとたけるです。茨城を代表する御祭神ですね!

かつて古高には国上神社と鹿島神社をひとつにした社殿がありました。それが鹿島神社だけいまの場所に移され、それぞれ独立した神社になったという珍しい由緒です。

大同年間の創建とは極端に古いですが。。周辺情報から考えると14世紀頃だった可能性が高そうです。鹿島神社の棟札もその頃なので。

鹿島神社と吉田神社の相殿は水戸藩の一村一社の政策によるといわれています。水戸藩の寺社改革では八幡宮を取り潰して鹿嶋神社や吉田神社、静神社に改めることがありました。もとから鹿嶋や吉田神社であれば合祀などして残したかったのでしょう。

アクセス

駐車場はありませんが、駐車スペースなら二の鳥居の右手に1台分。

また、二の鳥居の向かって左手を進んでいくと社殿目の前に入っていき駐車できます。

名称 鹿嶋吉田神社
住所 茨城県潮来市新宮1866
駐車場 なし
鳥居そばに1台駐車可
社殿近くにも駐車スペースあり
祭礼 7月最終日曜日…延方相撲

鳥居

二の鳥居

二の鳥居

奥に見える鳥居は二の鳥居です。一の鳥居は二の鳥居のさらに手前でして、駐車位置からではあることに気付きませんでした。。

右手に見える社号標には「運輸大臣 橋本登美三郎書」とあります。橋本氏は現在の潮来市出身。運輸大臣の前には内閣官房長官まで務めました。

そのとき副長官を務めていたのが、竹下登氏。後の総理大臣ですね。これ大事。

参道

参道

一の鳥居から社殿まで参道の両脇には桜の並木が続きます。境内の石碑によると古くは参道沿いに見事な松並木があったとか。

しかし、日露戦争を機に伐採。後に桜が植樹されましたが、先の戦(おそらく大東亜戦争)によって荒廃してしまったそう。

そこに竹下政権時代に「ふるさと創生」と称して各地に資金が与えられたので桜並木を復活させました。石碑の篆額には「ふるさと創生 桜並木 竹下登」とあります。

なぜ、この神社に総理大臣?と思ったのですが、自民党内で自分を推薦してくれた恩人のためにということなのでしょう。

公園の遊具

公園の遊具

参道沿いには遊具もあったりして。。公園と一体化しているので、近隣の子どもたちが遊びにきていました。微笑ましていいですね〜

土俵

土俵の上のテント

土俵の上のテント

参道を進むと社殿の手前に大きなテントがありました。倒してあるのは風で飛ばされないためだと思いますが。。

じつは神社の伝統神事である延方相撲のための土俵なんです。潮来市の公式サイトから抜粋します。

江戸時代徳島一帯では漁場をめぐる紛争やまた農耕地の利権論争、耕作権の問題など紛争が絶えなかったが、寛文12年(1672年)7月27日この紛争に対して江戸幕府評定所より「この地は水戸南領に属す」という裁決がありました。
村人はこれを喜び合い、寛文13年(1673年)相撲祭を延方村鎮守鹿嶋吉田神社に奉納したことに始まり、江戸勧進相撲の格式をもって今日に伝えられています。現在は毎年7月の最終日曜日に開催されています。
延方相撲(鹿嶋吉田神社祭礼)/潮来市(公式)

潮来市の「徳島」はいい漁場だったので、延方(潮来)と幡木村(神栖)は自分たちで利用したかったんですね。延方は水戸領だったので、ときの藩主・水戸光圀公が幕府に裁決を仰ぐことになりました。結果、徳島も水戸領となりました。

光圀公はよほど嬉しかったのか、勝訴を記念して「勝ち相撲」を奉納しました。それが延方相撲のはじまりです。

相撲は江戸勧進相撲の格式で、明治初期まで江戸から立行司の木村庄之助が来村していたそう。

立行司。。調べてみたら行司の最高位です。あまりに立派、そして難しい職なのか現在では不在。江戸初期〜中期の木村庄之助は実在したかよくわからないのですが。。

MEMO
神社本来の祭祀である『鹿島御掛祭』は1月22日、『吉田御掛祭』は1月26日です。

社殿

狛犬

狛犬

奉納は明治42年かな?いい感じで時代を感じさせる狛犬。

石段を登りきると近年(おそらく平成26年)に新築された社殿です。

社殿

社殿

この日はちょうどご祈祷されている方がいたので拝殿が開いていました。ちょっと珍しいかもしれませんね。

毎年、奉納相撲でたくさんの方が集まる場所なので特に大切にされている神社かと思います。

神職の方と少しお話をさせていただきましたが、大変フレンドリーで楽しくお話できました。しかもその場で御朱印まで。。

こうした事はめぐり合わせですから大切にしたいですね。今度は桜の咲く頃にお邪魔したいかなって思います♪

御朱印

鹿嶋吉田神社の御朱印

鹿嶋吉田神社の御朱印

鹿嶋吉田神社の御朱印です。初穂料は300円。

宮司さんのご自宅でいただけます。住所は書けませんが、境内の参集殿に連絡先が貼り出されています。

神社から徒歩1分ほどなので、ご在宅ならいただけるでしょう。兼務社の大生神社の御朱印もこちらでいただけますよ♪

まとめ

この記事のまとめ

  • 鹿嶋吉田神社は鹿島神社に吉田神社が合祀されてはじまった
  • 延方相撲の起源は水戸黄門
  • 御朱印は宮司宅でいただける。連絡先は境内にあり

参考文献

茨城県神社誌/茨城県神社庁
潮来町史/潮来町史編さん委員会

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