【著:仲田安夫】民話でつづる霞ヶ浦【第6回世界湖沼会議記念出版】

茨城県民で知らない者はいないであろう霞ヶ浦かすみがうらむかしから多くの方々がその恩恵を受けておりましたので霞ヶ浦にちなんだ民話はたくさん残されています。

今回ご紹介するのは『民話でつづる霞ヶ浦』。1995年に茨城で開催された第6回世界湖沼会議を記念して出版された一冊です。

出版の背景もあって民話の本としては独特に仕上がっています。目にする機会は少ないかと思いますが見つけたらぜひご一読ください!

参考 第6回世界湖沼会議 (霞ヶ浦 1995)国際湖沼環境委員会

概要

タイトル 民話でつづる霞ヶ浦
著者 仲田安夫
発行日 1995年10月13日
発行所 暁印書館
ページ数 215ページ

茨城の民話といえば、「藤田稔」「中村ときを」そして本書を執筆した仲田安夫さんではないでしょうか。わたしは筑波書林のふるさと文庫でよくお名前を目にします。

旧出島村(現在のかすみがうら市)出身のご出身なんですね。わりとご近所でほっこりしました。県北や県西の民話も書かれているので意外に感じる方はいらっしゃるかと思います。

表紙には「第6回世界湖沼会議記念出版」と書かれています。そう、本書は世界の国々と湖沼について話し合う機会に自分たちでもその文化に触れようという意図で作成されました。

そのため、これまでわたしが紹介してきたような妖怪や伝説といった話だけでなく、霞ヶ浦周辺の人々の暮らしや漁業、水害などにも触れられています。

地域の人々との関わりの部分に着目していますので、読み終えた頃には霞ヶ浦にもっと親しみを持つことができると思います。大切な資源というよりも仲間という意識ですね!

本書に納められている民話は全部で57話もあります。親しみやすい語り口調で当時のようすを思い浮かべながら読めますので、中学生くらいから楽しめると思います♪

入手方法

もちろん絶版。購入はほとんど不可能です。わたしは土浦の「つちうら古書倶楽部」で発掘しました。定価1,500円だったものが800円!「安っ!」とびっくりするほどだったので即ゲット!こうした本は定価そのままで売ることが多いんですよね。

ただ、霞ヶ浦周辺地域の図書館にはそこそこ在庫があるので読むことは難しくありません。土浦と県立図書館(水戸)にも置かれていますので近くならぜひご利用ください。

『霞ヶ浦』という切り口

民話は郷土の文化遺産として市町村などの地域ごとにまとめられることが多いのですが、本書は霞ヶ浦を中心に多くの土地をまたいでいます。これが意外な発見があって大変面白いのです。

例えば、霞ヶ浦に面した稲敷市には疫病除で知られる大杉神社(通称あんばさま)があり、その隣にはかつて神社の別当を務めた安穏寺があります。この2つの寺社の由緒には常陸坊海存(海尊)なる源義経ゆかりのミステリアスな僧侶の名前が出てきます。

一方、同じく湖畔に面した土浦市の沖宿には、霞ヶ浦(当時は「かすみのうら」、「内海」などと呼ばれた)の湖賊が義経を奥州まで護衛したという伝説があるんです。

それぞれ耳にしたことがあったのですが、関連性については考えたことがなかったんですよね。でも、並べてみると海存と湖賊は無関係でないように思います。

海存伝説がいつ頃できたかよくわかりませんが、霞ヶ浦は古代だと海、江戸時代の途中までは汽水湖だったのでその頃に水上で暴れていた賊は「海賊」ともいえるでしょう。

想像力をふくらませると霞ヶ浦の湖賊はいつからか僧侶となって地域の信仰に深く関わっていったと考えられないでしょうか。ちなみに湖賊の子孫はいまもいらっしゃって伝説を語り継いでいます。

wata

沖宿の海藏寺には弁慶が書いたとされる般若経があります。同地区の鹿島神社には義経も笛もあるとか。興味深いですよね。
MEMO
義経が常陸国にやってきたという事実は確認できません。

人物伝

わたしは妖怪、伝説、歴史などの民話をよく読むのですが、ほかに「数は少ないけど面白い」ジャンルがあるんです。それが人物伝です!

簡単にいうと郷土の立派な方の功績を紹介する内容です。歴史上の人物と比較するとそりゃまぁ規模は小さくなるのですが、限られた条件の中でどれだけのことができたか、は大切な視点だと思います。

そういう意味では身近な人物について学ぶことも人生においてとても役立つし前向きな気持ちになるのではないでしょうか。地元で活躍した人物をひとりくらいは紹介できるようにしておきたいものです。

たとえば、土浦出身のわたしとしては川口の色川いろかわ三郎兵衛を紹介したいですね。小学校の頃、授業でほんのちょっとだけ教えてもらったことがあります。

三郎兵衛は土浦を水害から守った人です。明治時代、土浦に常磐線が通ることになった際に土浦駅を予定よりも霞ヶ浦に近い場所に設置する運動を行い、堤防の役割を兼ねた線路が引かれることになりました。

三郎兵衛は政治家に請願するだけでなく自らの私財も持ち出して閘門こうもん(堤防にある舟が出入りするための門)を整備するなど、まさに人生をかけてまちづくりを行いました。

残念ながら線路が完成する前に亡くなってしまいましたが、土浦の人々が大きな水害に遭わず生活できるようになったのは三郎兵衛のおかげといってもよいでしょう。もちろん町が安全であったから後に経済発展することができました。

功績を残した方は有名になりたいとか名前を残したいと思ってしたわけじゃないと思いますが、それでもしっかり語り継いだほうがいいでしょう。

道徳そのものですし、特に子供の価値観の育成に繋がるはずです。実際のところ偉人には光と影があるものなので良いことだけ伝えるのはバランスが悪いのですが。。いきなり複雑な事情を伝えても、ね。

まとめ

この記事のまとめ

  • 世界湖沼会議の開催を記念して作成された本
  • 市町村とは異なったテーマでまとめてあるので新たな気付きが得られる
  • 珍しく人物伝の民話がある

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