安良川の高萩八幡宮|御朱印・駐車場(高萩市)

この記事でわかること
  • 水戸藩に潰されなかった理由
  • 光圀公との関係
  • 御朱印のいただき方

八幡宮といえば八幡さまを祀る神社。一般的に八幡さまは武勇に優れた源氏の守り神とされています。

常陸国では佐竹氏の信仰が篤かったため、氏が支配した時代には多くの八幡神社がありました。それが江戸時代に水戸藩による支配となると一変します。水戸藩は佐竹氏が嫌いだから八幡神社を潰したのでしょうか。

この記事では水戸藩に潰されなかった高萩市の八幡宮をご紹介します。残っているにはちゃんとした理由があるんです。

高萩八幡宮とは

高萩八幡宮

高萩八幡宮

高萩市の八幡宮は安良川に鎮座していることから安良川あらかわ八幡宮として知られています。でも、最近はパンフレットなどで高萩八幡宮の名称も用いているようですね。

由緒を茨城県神社庁から引用します。(公式と同じですが、読みやすいため)

当宮は 人皇65代花山天皇の御宇藤原左京太夫が勅宣を蒙り寛和 元年(985年)京都石清水八幡宮の御分霊を奉じ高萩市に勧請したもので、爾来壱千年、日立以北唯一の旧県社として又、当地方の総鎮守として市民の心のよりどころとして繁栄祈願所として崇敬されている。
八幡宮/茨城県神社庁

ご祭神は応神おうじん天皇(誉田別命)、神功じんぐう皇后(息長帯比売命)、日女ひめの大神です。

茨城県神社誌によると永承6年(1051年)の前九年の役と後三年の役で源頼義と義家親子が訪れ東征を祈願。また家衡を追討した義家は寛治年間に多賀郡の宇佐美左衛門時景に命じて社領200町を寄進しました。

このときの社領が現在の境内です。以前は別の場所にあってそちらは浜の宮と呼んでいます。当社で7年に1度開かれる神幸祭では浜の宮に神幸して塩垢籬の神事を行います。ちなみに今年(2020年)14年ぶりにありますよ!

かつて多賀郡33郷の総一社でした。水戸藩の光圀公は”八幡潰し”や”八幡改め”をしたなんていわれますが、当社は例外です。その理由は後ほど。。

境内マップ

神社でいただけるパンフレットより。すごくわかりやすいですよね!

大鳥居

大鳥居

大鳥居

高萩八幡宮の大鳥居です。立派ですよね。県北エリアではNO.1かも。鳥居の建立は昭和60年(1985年)なので、鎮座1000年を記念してのことでしょう。

境内は鳥居をはじめ比較的新しく見えるものが多いです。平成15年から18年にかけて大規模な造営や改築がされたためですね。

参道

参道

杉並木の美しい参道です。この日は正月で大勢の参拝者がいることもありますが、ふだんからよく清掃されていますので気持ちよく参拝できます。ただ、少し床石にヒビが見えました。県北なので震災の影響かもしれません。

MEMO
境内は『安良川八幡宮の森』として『高萩の観光10選』になっています。

拝殿

拝殿

拝殿

杉並木の参道の先にある石段を上がると開けた場所に。整然と並べられた石畳と砂利が美しく感じます。

正面に見えるのが高萩八幡宮の拝殿です。平成17年(2005年)に新築されました。

八幡宮の造営はかつて何度も造営・修営されていますが、江戸時代初期(戸沢氏)までは領主の役目でした。鎮守社として崇敬の念を示すとともに権威を示す意味もあったんですね。

佐竹氏、岩城氏、竜子山城主・大塚氏、山能城主・小野崎氏、車城主の車氏など多くの武将が崇敬、そして造営を行っています。

龍の彫刻

龍の彫刻

拝殿の前にはこんなものも。。当社は令和元年のお正月に始まった神玉巡拝のスポットです。お正月以降も神玉をいただけますので、ぜひドラゴンボ、いや神玉で願いを叶えてください!

本殿

本殿

本殿

平成18年(2006年)に新築された本殿です。ご祭神の三柱をお祀りしています。

安良川の八幡宮といえば高萩地方でもっとも大きな神社であり、県内でも有数ではないでしょうか。

慶長7年(1602年)に徳川家康から45石の朱印地を授かり経済的な基盤ができました。以降は領主に頼らず領民で造営・修営をしています。

寛文3年(1663年)からはじまった水戸藩の寺社改革では領内の多くの寺が廃寺となり八幡神社が潰されました。当社は別当の竹恩院と供僧がお取り潰しとなりましたが、神社自体は残っています。

それどころか元禄10年(1697年)には光圀公自ら足を運び参拝しています。さらに潰した別当や供僧の石高は八幡宮に戻しているんです。改革では神社運営がシンプルになり存続しやすくなったと思います。

水戸藩の”八幡潰し”は光圀公の唯一神道化の思想に合わなかったためといわれています。八幡は早い時代から本地垂迹(神仏習合)に肯定的でした。神=仏の化身とする考え方なんですが、一方で光圀公は神=神としていました。

佐竹氏云々はあまり関係なく吉田神道の影響のようです。佐竹氏は60年以上前にいなくなっていますしね。

高萩八幡宮は社歴と朱印地があることによって一般の八幡神社とは区別され特別な待遇をされていたと思います。当時の宮司も光圀公の思想に共感していたようですね。鐘の献上をしています。

お寺のお取り潰しは「葬祭をせず祈祷ばかりの寺院はダメ」という方針です。詳しくは市内の能仁寺のブログをご覧ください。

wata

安永2年(1773年)、高萩の長久保赤水は堕落した僧侶のことを書き残しています。働かず、学ばず、礼儀知らずで遊んでばかり。義公のときのような改革が必要だと。。僧侶と言えどもいろいろです。

爺杉

爺杉

爺杉

社殿の左広報にあるのが爺杉じいすぎです。

高さ約42m、幹周りは10mにもなる県内最大級の巨樹。そして驚くことに推定樹齢が1000年にもなるといわれています!

国の天然記念物に指定されていますが、落雷などの影響もありご覧の通り厳しい状況です。幹に大きな空洞化が見られ、倒木の危険性があるため約40年にわたって3回枝を伐採しており、幹の負担を軽減しています。

致し方ない事情ですが、少々残念ですよね。そう思っていたら高萩市とお隣の北茨城市の作家がその枝を使って作品づくりをされているそうです。

そのまま処分せず、別の形に生まれ変わっているんです。茨城新聞のありますのでぜひご覧ください。作品は一般の方もお買い求めいただけます。

wata

杉の根元のあたりに「白蛇」とある石碑があります。非常に意味ありげで気になりますよね。。どなたか教えて下さい!
参考 古木「爺杉」 枝から作品 高萩と北茨城 3作家、地蔵や小物茨城新聞

境内の見どころアレコレ

八幡宮の境内はちょっぴりユニークなものがたくさん。まとめてご紹介します。

戌亥碑

戌亥碑

社殿の右手にある戌亥碑です。戌年と亥年生まれは八幡さまが守り神だそう。

頭を撫でるとご利益があるんですって!戌は安産、亥は足腰堅固です!

結び石

結び石

こちらは結び石。願い事を紙(100円)に書いてポストに入れると、毎月お焚き上げをしてくれます。

和合円満とありますからきっと縁結びですね。

流水鉢

流水鉢

流心鉢は水に流したいことを紙(200円)に書いて鉢の中でかき混ぜます。

その際に「心身のバランスがとれ均衡が保てるようにお参り」します。しゅわっと消えていく感じがお焚き上げなどとは少し違いますね〜

由緒ある神社ですが、時代にあわせた変化を感じます。近隣のご年配の方はよくご存知なので若い方へ向けてなのでしょう。

御朱印帳や神玉巡拝など新しい取り組みが見えますのでこの先も楽しみですね。今年の神幸祭も期待しているのでまた参拝させていただきます♪

御朱印

高萩八幡宮の御朱印

高萩八幡宮の御朱印

高萩八幡宮の御朱印です。初穂料は。。0円です。なんと当社では初穂料をいただかないスタイルとのこと。お気持ちはお賽銭箱へどうぞ。

社殿の左手の方にある授与所でいただける場合もありますが、通常は宮司のご自宅になるかと思います。

本殿の裏の方にありまして、爺杉の脇の道をお進みください。一番奥にありますよ。

近年、オリジナル御朱印帳を作られたそうです。こちらは初穂料1500円です♪

MEMO
初詣などの混雑期は書き置きをいただけるそうです。

アクセス

名称 (高萩)八幡宮
住所 茨城県高萩市大字安良川1180
駐車場 あり
Webサイト 公式サイト
茨城県神社庁
SNS
年間行事 1月1日…元旦祭
2月3日頃…節分祭
旧初午…稲荷祭
4月15日…例祭
6月30日…大祓
7月末…高萩祭
11月26日…献穀祭
12月18日…秋葉神社(鎮火祭)

駐車場

駐車場は2ヶ所あります。1つ目は大鳥居のすぐとなり。初詣や祭礼などの混雑期でなければ駐車可能です。

2つ目は社殿の南東のあたりです。

こちらは鳥居の方よりも広くて駐車しやすいのですが、たどり着くまで細い道が続きます。いずれも運転にはご注意ください。

まとめ

この記事のまとめ

  • 高萩八幡宮は高萩地方で最大の神社
  • 由緒ある神社で光圀公に保護された
  • 御朱印は無料。宮司宅でいただける

参考文献

茨城県神社誌/茨城県神社庁
高萩市史(上)/高萩市史編さん委員会
高萩市史(下)/高萩市史編さん委員会

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