筑波海軍航空隊記念館と特攻隊(笠間市)

笠間市に航空隊があったことをご存知でしょうか。筑波海軍航空隊といいます。

笠間といえば笠間焼を中心としたアート。さらに笠間稲荷をはじめ多くの神社仏閣があることでも有名。つつじまつりや菊まつりなど華やかなイベントも豊富で観光客が非常に多い町です。

一方でかつて航空隊があったおかげで町が発展した歴史もあります。名前に筑波がつくせいか、笠間を連想しにくいのかもしれませんね。でも、重要なことです。

今回は笠間市の友部地域で航空隊の歴史を語り継ぐ筑波海軍航空隊記念館をご紹介します。

筑波海軍航空隊とは

筑波海軍航空隊はいまの笠間市にあった海軍の部隊。1934年に霞ヶ浦航空隊の分遣隊として開設し、戦闘機に乗るパイロットの教育を行いました。1938年に独立し筑波海軍航空隊と改称。その後、戦況の悪化により所属パイロットが神風特攻隊として出撃。60名が戦死しました。

約1,500人に操縦訓練を行った航空隊は敗戦した1945年の10月に解体。跡地は病院や学校として利用され、いまに残っています。旧司令部庁舎などの建物は見学できます。

2013年12月から筑波海軍航空隊記念館として跡地の一般公開がスタート。2018年6月には記念館が旧司令部の隣の建物に移転してリニューアルオープンしました。記念館はプロジェクト茨城の運営により航空隊や隊員として活躍した方々の歴史を伝えています。

wata

海軍は隊に山や川の名前をつける習慣があったため、飛行の目印になる筑波山の名前がついたそうです

筑波海軍航空隊記念館の特徴

記念館のチケットとパンフレット

記念館の特徴がパンフレットにありました。以下の3点です。

記念館の3つの特徴
  1. 日本最大規模で現存する戦争史跡

    当時の跡地が建物以外にも数多く残っています。

  2. 最初の「特攻志願者」が生まれた地

    旧司令部庁舎の飛行隊長室で特攻志願の意思確認がされました

  3. 数々のロケ地として利用

    映画『永遠の0』をはじめ多くの作品のロケに使われました

2番めは衝撃的です。。詳しくはわかりませんが「特攻志願の意思確認を行う最初の投票が行われた」とのこと。その結果、特攻のために組織された第721海軍航空隊へ移り、実際に特攻をする桜花隊の分隊長が選出されました。

組織的に特攻隊の選出を行った。。微妙な表現です。戦況を考えると命令に近かったかもしれません。

MEMO
記念館は旧司令部も含めて撮影可。入館料は大人500円、小人300円です。その他団体割引などの割引があります

記念館

記念館への案内

記念館への案内

記念館の内部をご紹介します。記念館は敷地に入って直進し、県立こころの医療センターの手前にあります。写真の奥の建物が医療センターです。受付は旧司令部庁舎に入るときだけ必要です。

少しわかりにくいのですが、『記念館』は2つの意味で使われています。1つは航空隊の跡地、もう1つは跡地の中で見学の受付や展示を行う建物です。一般的には跡地全体の意味かと思いますが、ここでは後者の意味で使います。

VRを案内する『さくら』

VRを案内する『さくら』

入館するとすぐ左手にVR(Virtual Reality)体験機。なんと零戦に乗った体験をすることができます。

VRゴーグル

VRゴーグル

VRは初体験でしたが、簡単な操作で安心しました。ゴーグルをかけるとゲームのような画面が広がっているので、それを”見て”操作。画面の選択肢を見つめると選べる仕組みでした。

とても臨場感がありました。欲を言うともう少し音が大きいとよかったかな。画面の映像には沖縄に向かう戦艦大和。リアルなので感情移入してしまいます。。

VRのガイド・さくらは、桜川市出身の声優・櫻川めぐさんが演じています。いばキラTVでもご紹介されているのでご覧ください。

参考 笠間の航空隊記念館制作 VRでゼロ戦操縦体験茨城新聞
記念館1Fにある機体の一部

記念館1Fにある機体の一部

記念館1Fの模型

記念館1Fの模型

建物1Fは戦闘機や戦艦の模型・機体の一部が展示されていました。当時、空軍はありませんでしたので海軍の関連品の展示ということでしょう。

戦死の知らせ(戦死概要)

戦死の知らせ(戦死概要)

2Fは特攻隊員の略歴や遺品が展示されています。こちらで初めて戦死の知らせを読みました。亡くなった隊員の名前と日付、場所があるだけなんですね。。その他にも航空隊員の遺品や残された方々の想いに胸が詰まります。

特攻』の上映

『特攻』の上映

映像を使って特攻を紹介しています。ナレーションはいばらき大使の安達勇人さん。戦争関係者が高齢化する中、歴史を語り継ぐため若い世代も参加しています。

記念館2F展示

記念館2F展示

当時の時代背景を説明する展示がありましたが、注意深く読まなくてはいけない文章でした。例えば、満洲事変の説明は関東軍による鉄道の爆破から始まっています。当時の満洲地域や中華民国について知らないと誤解することでしょう。

大陸で行われた日本軍の空襲もいきなり空襲から始まっていますので、一般の方は理解できないのではないでしょうか。わかりやすさは重要ですが、読んだ方が将来に役立てるためにはもう少し情報が必要かと思います。

旧司令部庁舎

旧司令部庁舎

旧司令部庁舎

旧司令部は先程ご紹介した記念館のとなり。ほぼ当時のまま残っています。見学は記念館で申請をしてから。簡単な同意書を提出して許可証を受け取ってください。

建物は頑丈にできていますが、大きさは田舎の小学校ほどでしょうか。簡素で当時の余裕の無さを感じます。司令官や航空隊員がここで日本や自分たちの将来を憂いたと思うとなんとも言えない気持ち。

当時の方々はたくさん悩んだのでしょうね。いまの自分たちと同じかそれ以上に。ただ、いまよりもずっと選択肢が少なかったことは間違いないでしょう。そう考えると自分が先人の遺産をもらっているようにも感じます。

飛行機骨組み

飛行機骨組み

飛行機エンジン

飛行機エンジン

館内には巨大な機体の一部がいくつも。ふだんはまず見ることがない機会です。かなりマニアックかと思いますが、建物と同じ当時のものですから、なにか感じるものがあるかもしれません。

旧司令部庁舎の階段

旧司令部庁舎の階段

旧司令部庁舎の長官室

旧司令部庁舎の長官室

旧司令部は映画『永遠の0』のロケ地として使われました。主人公の宮部久蔵(岡田准一)は筑波海軍航空隊の教官という設定。館内の階段や長官室はたしかに映画館で見た記憶が。。観光いばらきに撮影風景がありますのでご覧ください。

参考 映画「永遠の0」ロケ地観光いばらき

神社跡等

跡地には旧司令部の他にも当時のものがたくさん残っています。門に壁、号令台に煙突の跡。それぞれの場所に開設がありますので、パンフレットとあわせて知ることができます。

筑波神社跡

筑波神社跡

その中でわたしが気になったのは上の写真の石。パンフレットには神社跡とありますが、現地にはもう少し詳しくありました。説明文を引用します。

筑波神社跡

多くの隊員がこの神社でお参りしました。(写真参照)
出撃前の隊員にとって、また、命の危険もある激しい訓練の中、隊員にとっては心強い存在であったと思われます。
現在、社殿がないのは、敗戦後に米兵の報復を恐れた地域住民の手によって壊された為と言われています。
この近くには、神風舎と呼ばれた木造の建物があり、多くの特攻隊員が住んでいました。その若者たちが、毎日必ず目に入るこの神社に様々な思いを祈願したのではないでしょうか。

写真に写る筑波神社の鳥居とのぼり

写真に写る筑波神社の鳥居とのぼり

写真の右上に『筑波神社』。左上に鳥居があるのがわかるでしょうか。別の写真では社殿に向かって隊員一同が礼をしています。

どのような神を祀っていたかいまでは誰もわからないでしょうか。敗戦で信仰さえ否定されると考えられていたのですから、隊員たちは命をかけたのではと思います。

アクセス

名称 筑波海軍航空隊記念館
住所 茨城県笠間市旭町654
営業時間 9:00-17:00(最終入場17:00)
駐車場 多数あり
定休日 毎週火曜日、12月29日〜1月3日
電話番号 0296-73-5777
交通機関 【車】北関東自動車道・友部IC出口直進、約7分
【電車】JR常磐線・友部駅より「こころの医療センター行き」バス約10分
タクシー約7分
入館料 大人 500円(20名以上 400円)※18歳以上
小人 300円(20名 以上240円)
※その他各種割引あり
Webサイト 公式サイト
観光いばらき内

動画一覧

以下は筑波海軍航空隊記念館のパンフレットにあるQRコードから見れる動画です。

まとめ

筑波海軍航空隊記念館は笠間市にある史跡。かつて戦闘機のパイロットを要請する機関がありました。

現在は当時の建物や品々、遺品を通して平和について考えるきっかけづくりをしています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA