八葉山 遍照院 浄蓮寺|由緒・御朱印・三十三体の観音像(北茨城市)

この記事でわかること
  • 浄蓮寺周辺の紅葉の見頃
  • 三十三体観音巡りについて
  • 御朱印

北茨城市の花園渓谷に位置する浄蓮寺じょうれんじを訪ねました。

よくお手入れされた境内と三十三体の観音巡りを楽しめることが魅力。拝観料が200円かかることもあってお寺の方が常駐しています。いろいろとお話を聞けるのでぜひ観光コースに含めていただきたいですね!

この記事では北茨城市の浄蓮寺をご紹介します。例年だと紅葉の見頃は11月中旬くらい。。ICから20分ほど。アクセスは悪くありませんので、オススメの参拝スポットです!

八葉山 遍照院 浄蓮寺とは

浄蓮寺の石柱

浄蓮寺の石柱

浄蓮寺は北茨城市の天台宗のお寺。慈覚大師じかくだいし円仁えんにんが858年(天安2年)に創建しました。最初のご本尊は大師自ら彫った阿弥陀如来像。かつて修行のお寺として栄えたそうです。

お寺のパンフレットによれば、1190年に源頼朝から50石、領主の車丹波守義秀から100石を受けたとあります。ピンときませんよね。1石は180リットルですから、お米だと約100升です。むかしだと成人男性が1年で食べる量にあたります。

周辺の20のお寺を配下にしていた時期もあるそう。かなり有力なお寺だったのですね。

仁王門

仁王門

仁王門

浄蓮寺の仁王門です。浄蓮寺は1848年(嘉永元年)に全焼してしまいました。仁王像は1683年の作とのことなので、おそらく別の場所にあったのでしょう。この門と仁王像は次世代にしっかり残していきたいものですね。

本堂

5月の本堂

5月の本堂

茅葺かやぶき屋根の本堂です。仁王門でも触れましたが、浄蓮寺はたびたび火災に遭っています。大規模なものは1574年と1848年。宝物類まですべて燃えてしまいました。

いまの本堂は11857年に建てられたもの。ご本尊の阿弥陀如来も焼失しましたが、1681年に作り直しています。

紅葉の時期は落ち着いた色合いで荘厳な雰囲気が漂っています。ただ、暖かい時期の境内も素晴らしいですよ。特に新緑の時期はエネルギッシュで爽やかに感じるかと思います♪

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写真は5月にあった行事の際の境内です。見ているだけで和みませんか〜?

愛染堂

愛染堂

浄蓮寺の名物は阿弥陀如来像と三十三体観音だけではありません。愛染堂の愛染あいぜん明王も注目です!

愛染堂の由来

淨蓮寺の愛染明王は、車城主、車丹波守義秀公が戦勝祈願のため、満願寺(現在の花園神社)に奉納したものと言われ、この明王像の中には体内仏が納められ、1593年(文禄2年)に愛染堂が建てられたと伝えられている。
花園地区ガイド ~浄蓮寺~/北茨城市商工会

愛染堂は写真中央の真っ赤な建物。中にはやはり真っ赤な明王が怖い顔で待っています。

怖い顔は悪いものを追い払うため。愛染明王は恋愛の神様ともいわれます。名前に『染』の文字があるので、染め物関係の守護神とも。

戦国武将の直江兼続は『愛』の字の装飾がある兜をかぶっていました。愛宕神社説がありますが愛染明王の『愛』の意味ともいわれます。愛染明王も軍神とされるからです!

三十三体観音とは

観音参りの道

観音参りの道

浄蓮寺には三十三体の観音様がいます。建物のある敷地を出て、花園川を下に見ながら進んだ道にあります。

観音参りの仏像

観音参りの仏像

造られた時代や著者はまったくわかりません。三十三体とも岩を削って造られています。柔らかい花崗岩だとしてもスゴイことです。なぜか不動明王からスタートします。

観音様はそれぞれ姿も違っています。観音様は人々の願いに合わせてその姿を33通りに変えます。すべて巡ればどんな願い事も届く(かも)と考えられるわけです。

裏山から見た風景

裏山から見た風景

7番目以降は非常に高い場所。足場の状態によっては途中で諦めた方がいいでしょう。わたしは少しぬかるみがあってので8番目あたりで引き返しました。写真はその場所から撮影したものです。引き返せる場所で止めてください。

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お参りもいいですが、紅葉も楽しめます。立派な樹々に囲まれているのでシーズンは素敵だったことでしょう

お参りの注意点と紅葉の見頃まとめ

注意
  • 8月はヘビが出るかも。細い山道での遭遇に注意
  • 10月はスズメバチが出る可能性あり。事前にお寺側に確認してください
  • 足場に注意。当日晴れでもぬかるみがあれば中止の判断も必要

わたしは12月の上旬に訪れたので紅葉は終わっていました。あと1〜2週間早ければまだ残っていたそうです。訪れるなら11月がいいかなと思います。花園川のせせらぎを聞きながら紅葉を楽しむ。きっと素敵な時間を過ごせます。

民話『馬を盗んだ猿』

浄蓮寺には不思議な伝説もあります。県北らしく動物(猿)が登場するお話です。

むかしむかし。茨城県の北部の山中にとても信仰のあつい和尚がいました。和尚は動物の言葉がわかったので、いつも仲良く遊んだりおしゃべりをしていました。大きな猿と一緒に暮らしていたので、村人は和尚のことを「猿の和尚さん」と呼んでいました。

ある日、和尚は「人々のために法華経を写してあげよう」と思い立ちます。しかし、和尚には紙もお金もありません。そこで、山から紙の原料となる『こうぞ』をとってきて自ら紙を作ることにしました。でも、一人で紙を作るのはたいへんです。それに冬場の水仕事は高齢の和尚にこたえました。和尚は凍えた手を日なたで何度も暖めて作業をしました。和尚と生活する猿はその姿をずっと見ていました。

ある時、和尚は手を暖めながらそばの猿に話しかけました。「紙を作るのは本当に大変だ。もし、お前が人間だったならなぁ」それを聞いた猿はなにかいいかけると姿を消しました。

猿が向かった先は長者の屋敷でした。屋敷には立派な馬がいたので、猿はそれを盗んでお金に変えようとしたのです。屋敷には大勢の人々がいますが、猿は気配を隠して馬に近づき、すきを見て盗み出したのです。屋敷の者たちはすぐに気が付きましたが、猿はすぐに和尚のもとに向かわずに追手を振り切り、あとをつけられないようにして逃げ切ったのです。

猿は和尚の喜ぶ顔を想像して馬を見せましたが・・・和尚は起きたことをすぐに理解して、とても悲しい顔になりました。猿も自分のしたことで和尚をがっかりさせたので、涙を流しました。

そのあと、馬を盗まれた屋敷の主人が和尚のもとにやってきました。村人たちから話を聞いて猿のことを知ったのです。和尚は事情をすべて話して、猿と一緒にお詫びしました。

すると主人は怒らずに「猿は和尚の尊い仕事を助けようとしたのですね。いやしかったのはわたしの方です。この馬は和尚の仕事のためにお役立てください」と言いました。

猿にも和尚にも、そして主人の目にも涙が浮かんでいました。そのあと和尚は法華経を広める願いを成就しました。

原話は『古今著文集』です。実は「このお話は浄蓮寺のことである」とはっきり書かれていません。でも、注釈に「そう考えられる」とありましたので、ご紹介いたしました。心温まるお話です♬

御朱印

浄蓮寺の御朱印(書き置き)

浄蓮寺の御朱印(書き置き)

浄蓮寺の御朱印です。御朱印料は300円。書き置きのみとなっています。

本堂の右手にある拝観料をお支払いする場所でいただけます。

アクセス

名称八葉山 遍照院 浄蓮寺
住所茨城県北茨城市華川町小豆畑2733
入場時間午前8時から午後5時(10月~3月は~午後4時)
拝観料200円
定休日なし
駐車場あり。広くて無料の市営駐車場があります。

まとめ

この記事のまとめ

  • 浄蓮寺は花園渓谷にある紅葉を楽しめるお寺
  • 拝観料を支払い三十三体の観音像を参拝できる
  • 書き置きの御朱印がある
参考図書
いばらきのむかし話/編:藤田稔
茨城の民話/未来社

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