【将門伝説】一言神社と石井の井戸跡|坂東市

wata

ども!いばらき観光マイスターのwata(@wata_ibamemo)です!

平将門の伝説めぐりを実施中!今回は将門公のために井戸を掘り当てた謎のおじいさんの話です。

そのお話の舞台は坂東市の岩井。公が本拠地とした石井いわいの営所の近くです。近くに鎮座する一言ひとこと神社はおじいさんをご祭神として祀っているとか。

色々とミステリアスな場所ですね。2箇所をあわせてご紹介します。ちなみに「石井」を「岩井」と書くようになったのは、江戸時代の頃だそうですよ。

石井の井戸

石井の井戸

石井の井戸

将門公ゆかりの「石井の井戸」は公が本拠地としていた石井の営所のすぐ近くにありました。現在、水は湧き出ていませんので史跡として残されており、だれでも観光できるようになっています。

井戸の由緒を現地の石碑から引用します。

石井の井戸は、平将門公が、居館築造の地を探し求めて、島広の野を駆け巡るうちに、のどがかわいて困り果てていると「水」と一言、東南の方に聞こえて、一人の老人が立っていた。やがて傍らの大石をさし上げて、力一ぱい大地に打ち込むと妙味の水がこんこんとわき出した。不思議に思っているうちに翁の姿はいずこかに消え去ったという。

老翁を祀る一言明神と併せ、この石井の井戸は、「岩井戸の宮」として、永く住民に尊びあがめられてきた。

「いわい」をむかし「石井」と書いたのも、この井が中心をなしたものといわれている。

将門公が石井(岩井)を拠点としたのはこの井戸があったから。また、地名である「岩井」の由来となったということですね。

前者はともかく後者は事実かどうか微妙なところ。平安時代の辞書『和名抄』に下総国の「猿島郡石井郷」が記されていますが、同書の編纂は931〜938年なので将門公の時期と重なります。当時の最新情報が反映されたのでしょうか。

井戸跡を示す石碑

井戸跡を示す石碑

伝説に登場する翁は近くの一言神社の祭神として祀られているそう。神社の由緒によると創建が承平5年(935年)ですから、井戸の伝説もそれくらいの時期と考えられます。

史跡には井戸の由来の他にざっくりとした将門の生涯を記した石碑も建てられていました。昭和51年(1976年)の将門公を主役としたNHK大河ドラマについてありましたので、同時代のブームにあわせて各地の史跡が整備されたようですね。

ソメイヨシノ

ソメイヨシノ

一番の見所は史跡の中心に位置する古木のソメイヨシノでしょう。春になるたびこの地を思い出す天然のリマインダー。日本人の知恵ですね。

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市の公式サイトによると井戸と将門公の関係は国王神社の縁起書にあるようですよ。
MEMO
井戸の伝説をもう少し読みやすくしたものが『茨城の民話Webアーカイブ』にあります。

アクセス

目印になるのは北西の国王神社。神社から約500mなので徒歩で石井の営所跡や一言神社、延命寺とあわせて徒歩で回ることも可能です。

駐車場は史跡前に用意されています。

名称 石井の井戸跡
住所 茨城県坂東市岩井1627
駐車場 あり
Webサイト 市観光協会サイト

一言神社とは

一言神社

一言神社

由緒

承平5年/935年
創建
明治6年/1873年
村社列格
明治41年/1908年
合祀
村内無格社の天神社、岩井神社、崇禅神社を合併
昭和16年/1941年
本殿再建

『茨城県神社誌』によるとご祭神は一言主ひとことぬしです。一般的には大国主命の子である事代主命と同一視される神で、『国譲り』の神話では武甕槌命に「一言」だけ発して国を譲っています。(正確にはその後の建御名方命とのやりとりがあってから譲られる)

扁額

扁額

当社の一言主命は将門公に「水」と一言発してから水を湧き出させたと伝えられます。それが「一言主」といわれる由縁だと思いますが、それは国王神社の縁起書にあることで当社の由緒書に書かれているかはわかりません

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ご祭神は老翁で白髪だったともいわれます。そうした姿から記紀に登場する迷えるものを導く神である塩椎神も連想できますね。

アクセス

石井の井戸のすぐ近くなので歩いていけます。

神社の駐車場はないと思いますが、隣の公民館に停めて参拝できました。

名称 一言神社
住所 茨城県坂東市中根1584
駐車場 あり

鳥居

鳥居

鳥居

写真の左の方に見える中根公民館に駐車して参拝。見ての通り、広い境内ではありません。

鳥居そばの狛犬左

鳥居そばの狛犬左

鳥居そばの狛犬右

鳥居そばの狛犬右

鳥居、狛犬(狛犬の胸の筋肉?がやたら巨大)などが揃っていますね。氏子の方々が昭和48年の伊勢神宮の参拝を記念して寄進したとありました。

ご祭神を事代主命と同一視するのであれば、命の国譲りにより天孫が降臨し祖神である天照大御神を祀る神宮が建立されました。縁深い場所なんですよね。

神橋

神橋

社殿の前に小さな神橋がかかっていました。下が排水溝なのでしょうか。ちょっぴり粋な工夫です。

拝殿

拝殿

拝殿

ガラス窓のある素朴な拝殿。本殿同様に昭和初期に建てられたのでしょうか。当時としては真新しかったのかも。

外からでは神紋が見えませんが、拝殿内の幕で「丸に平井筒」を用いています。○の中に「井」の字がある神紋です。井戸との関係を連想させますね。

本殿

覆屋

覆屋

覆屋で保護された本殿。かつて村社の社格を保持していただけあって丁重に扱われていますね。

本殿

本殿

中を覗くとこのようになっています。由緒に昭和16年の再建と書きましたが、この感じですとその後にも再建されていそうですね。氏子の信仰も絆も健在といったところでしょうか。

境内社の祠

境内社の祠

本殿の周囲には境内社が鎮座しています。写真の右手に見えるのは崇禅神社。ご祭神は不明。社号も聞いたことありませんし気になりますね。

左手は表面から社号から読み取れなくなっています。おそらく岩井社ではないかと思います。ちなみにご祭神は水波能売みずはのめ。水神の神格を持つ女神ですね。

というわけで、なかなかミステリアスな一言神社でした。当社が将門公と関係しているかはハッキリしません。

ただ、現在の氏子も含め「一言」の伝説は知れ渡っていますから、やはり将門ゆかりの神社としてよいのでしょう。実際、石井の営所のすぐ近くにありますので気軽に参拝してみてくださいね。

まとめ

この記事のまとめ

  • 石井の井戸は将門公も利用した井戸。岩井の語源になったともいわれる
  • 一言神社は石井の井戸のすぐ近く。井戸を掘った翁を祀るといわれる
  • 一言神社の由緒で将門公との関係を示すものは明らかでない

参考文献

茨城県神社誌/茨城県神社庁
茨城県の地名/

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