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今年も開催された常陸太田市の集中曝涼。天日干しの名目で数々の文化財が公開されるスペシャルなイベントです。ふだんの寺社参拝ではお目にかかれないものが解説付きで楽しめるので毎年楽しみにしています。
常陸太田の他には常陸大宮市や笠間市でも開催されるのですが、常陸太田は現地ガイドや資料が充実しているので特に注目されていると思います。開催地も一番多いのではないでしょうか。
今回はそんな集中曝涼で訪ねた大里町の来迎院を紹介します。無住のお寺なのでこうした機会でなければ文化財はもちろん本堂の中さえ見物できません。ぜひこの機会をお見逃し無く!
由緒
寺伝によると初めは真言宗に属したが、後に改めたという。
*『茨城県の地名』による
磯原村(現在の大洗町磯原町)にあった普賢院(天台宗)が現在に移される
普賢院から阿弥陀院に改号
水戸藩の寺社政策により廃寺処分となる
*集中曝涼資料による
領民による訴えにより廃寺処分が撤回される
*集中曝涼資料による
木造阿弥陀如来坐像が県の文化財に指定される
阿弥陀堂本堂と阿弥陀堂楼門が県の文化財に指定される
本堂の調査の際にバラバラの状態にあった如来形坐像が発見される
木造如来形坐像が市の文化財に指定される
本尊は阿弥陀如来です。阿弥陀さまといえば浄土宗系の御本尊としてよく知られていますが、天台宗でも本尊とする場合が少なくありません。これは大洗の磯浜にあった頃から続いております。
地元では「大里のお阿弥陀さま」として親しまれており、「イボとり」のご利益があるといわれています。なんでも境内のイボとり石で体のイボをこすると治癒するとか。不思議なお話ですね。
集中曝涼で配布されていた資料によると、かつて当地には「貴富山阿弥陀院安楽寺」という創建年不詳の真言宗のお寺がありました。なんでも住職が戒律を破ったため廃寺になってしまったとか。院号に「阿弥陀」とあるからにはおそらく阿弥陀信仰があったのでしょう。真言宗は大日如来を本尊としますから、このあたりは興味深い関係です。
『茨城県の地名』には来迎院についてもう少し詳しい記述がされていて、寺伝に「初めは真言宗に属したがのちに改めた」とあるとか、『新編常陸国誌』に長福寺(水戸市潮崎町)末寺で大洗明神の別当を務め大洗山普賢院般若寺と号していたことなどが記されています。
来迎院の前は般若寺、さらにその前は神宮寺と称していました。本尊が阿弥陀如来であることは一貫しており、おそらく大洗明神(現:大洗磯前神社)の本地仏だったと思われます。般若寺の移転は大洗明神との神仏分離も意図されていたといわれます。
アクセス
名称 | 光明山 来迎院 安養寺 |
住所 | 茨城県常陸太田市大里町3708 |
駐車場 | あり |
Webサイト | 常陸太田市教育委員会内 |
仁王門(楼門)
集中曝涼は二日間開催。来迎院はその両日とも文化財を公開しています。会場によっては土日のいずれかだけという場合もあるので、今後行かれる方はご注意ください。
市街から少し外れたところにあるので境内周辺はだいぶのどかな雰囲気。そこにじつは県を代表するような立派な建物や仏像があるというのが面白いじゃないですか。
貴重な機会ということで大勢の参拝者がいらっしゃいます。そのため交通案内のスタッフさんなどもたくさん配置しており、活気を感じます。たまにはこういうのもいいですね。
山門は二階建ての屋根付き、楼門タイプです。圧倒的なサイズ感と茅葺屋根が時代を感じさせます。足の部分に仁王像が納められているので仁王門とも呼ばれます。神社だと左大臣と右大臣を安置して随神門と呼ばれたりします。
さて、よく見ると楼門の屋根が傾いているのが分かるでしょうか。
なんでもこの楼門は江戸時代の旅行記『常陸国北郡里間数之記』(著:加藤寛斎)にも描かれており、そこでも屋根が傾けられているのだとか。傾きの歴史は長い…!現地のガイドさんに教えていただきました。
阿形と吽形の仁王像はふっくらしていてなんだか可愛らしい。アスリート感の強い仁王像よりもこうした造形のほうが親しみがもててわたしは好きですね。
参道
参道は50mほどでしょうか。右手に見えるのが寺務所です。その前で御朱印の受付をされていました。左側にはテントがあってちょっとした物販や地域の方(あおぞら大里会)による阿弥陀信仰の紹介がされていました。
前述のイボとりについて知ったのはあおぞら大里会の広報を読んでのこと。ほかにもかつての「しょうが市」が開かれていたことが紹介されていました。しょうがは阿弥陀さまの縁日の時期(9月)にとれるので銘打つことになったようですね。ちなみに縁日は年に4回もあったそう。
- 1月:元旦祭
- 6月:御田植祭
- 7月:夜祭り
- 9月:収穫祭
上にある開催月は広報のとおりですが、おそらく新暦です。『茨城の寺』によれば旧暦2月15日と8月15日が縁日。同じく旧6月15日が「夜待ち」となっています。暦の違いで1ヶ月程度の差があるのでしょう。
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阿弥陀堂
仁王門同様に県文化財に指定されている阿弥陀堂。一面が3間x3間の正方形といいますから、だいたい5.5m四方ということですね。とにかく大きい!
『茨城の寺』で当寺をとりあげている今瀬文也さんは本堂について「こんな建物がよくもこんな片田舎に建てられたものだと目をみはるばかりである。」と語っています。たしかに!でも往時の話を聞くとそれにふさわしいくらい広く信仰されていたようです。
集中曝涼のボランティアガイドは大きく二班に分かれているようでした。建物と寺院の歴史、各文化財の解説とそれぞれたいへん分かりやすかったですね。対話だと要点だけ話してくれるので助かります。
すぐに中に入って見物してもよいのですが、せっかくなので阿弥陀堂の周りもご覧ください。じつは蟇股の部分に十二支の彫り物があるのです。躍動感があってかっこいいですよ!
ちなみに正面にあるのは巳(蛇)です。しかしこれがどうにも分かりにくい。もしかしたら欠けてしまっている?
おそらく肉眼では判別不可能ですが、十二支の近くに掲げられていたこちらの画は鍾馗です。モジャモジャのヒゲが特徴です。道教(中国土着の信仰)の神様で、特に疫病除けなどの御神徳があるとされていました。
画を飾ったり神幸させたりして厄除けをしていたのでしょう。本堂の外面には他にも画がありましたので、興味が湧きましたらぜひ探してみてください。
仏像
まずは本尊の阿弥陀如来にお参り。その立派な姿に並々ならぬ信仰の篤さを感じてしまいます。
当寺の院号にある「来迎」とは、死の間際のお迎えのこと。阿弥陀信仰では人々は阿弥陀仏によって浄土に生まれ変わることで救われるとされています。「南無阿弥陀仏」はそのための念仏です。
こちらの本尊は「来迎」に対する願いの強さが仏像としてあらわれたかのよう。古い仏像は火事によって焼失することが少なくないですから、よく残っていてくれたなとも思います。
ちなみにいまの姿は修繕後のもので、以前は護摩によって表面が黒くなっていました。かなり見違えた姿なんですね。さかのぼると仏像の表面には金箔があったそう。いまは印を結ぶ爪のあたりに少しだけ残っていました。
本尊の向かって左手に見えるのが如来像です。ざっくりとした名称なのは像の手元がかけており、正確な判別ができないためだとか。しかし欠けた手元は来迎印を結んでおり、阿弥陀如来なのではないかとされています。
平成になって発見されたときはバラバラの状態でした。それを積み木のように組み合わせるとなんとこのようなお姿に。組み立てている間、その人はワクワクしていたのではないかと思います。違うか。
その他の寺宝
さいきん般若心経を暗誦できるようになったわたしとしては、大般若経がとっても気になりました。600巻にもおよぶ大長編のお経です。ただし、全巻が揃っているわけではなく、重複を含めて434巻あるのだとか。
内表紙に「延命院常物」とあるので、菅谷(那珂市)の延命院で造られたことがわかっています。それが一旦大洗山普賢院にわたり、寺と一緒に当地にやってきたという流れです。菅谷は大洗よりも当地に近いので舞い戻った感があります。
ちなみに大般若経はインドにあった仏典で、それを持ち帰ったのが「三蔵法師」として知られる玄奘です。三蔵法師は経蔵・律蔵・論蔵に精通した人を指す一般名詞なので何人もいるのですが、大活躍した玄奘の代名詞のように使われています。
それと大般若経の内容をぎゅっと凝縮したのが般若心経です。読経するかどうかはともかく僧侶ならだれでも知っているくらい有名なお経です。もしかしたら日本一有名なお経かもしれませんね。
たくさんの扁額が奉納されているのも注目です。上はわたしが大好きな「神功皇后と武内宿禰」。宿禰が抱きかかえているのは応神天皇ですね。有名なシーンなので神社の本殿の彫刻になったりすることもあります。
イノシシのような動物を退治しているのが「源頼政の鵺退治」。武者姿のほうは「加藤清正の虎退治」かと思います。なんだか勇ましい絵が続きますね。
こちらはどうも牛若丸と烏天狗のようです。Xでつぶやいたら親切に教えていただいちゃいました。扁額は著名なモチーフを選ぶことが多いかと思いますので、いかに判別できるかで教養の深さがわかってしまいそう。
集中曝涼動画(常陸太田市教育委員会作)
常陸太田市では集中曝涼の文化財について動画で解説しています。たいへん分かりやすくなっておりますのでぜひご覧ください。
新型コロナによってイベントが開催できない事態にあたって動画発信がはじまりました。当時は中止を残念に思いましたが、よりパワーアップして帰ってきた感じがしますね。
御朱印
来迎院の御朱印です。少し前までは兼務寺だったので御朱印はいただけませんでしたが、近年はご住職が定期的にいらしております。御朱印はそのときと集中曝涼のときだけでしょう。
ご住職がいらっしゃるときは事前に張り紙などで告知がされます。日程を確認するために定期的に足を運んでみるのもいいでしょう。そのときに頒布するアート御朱印を見たらきっと驚くと思いますよ。
・来迎院は大洗から移ってきた般若院が前身
・古くから阿弥陀信仰がさかんで保存は県指定の文化財
・阿弥陀さまには「イボとり」のご利益があるという
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茨城の寺(一)|今瀬文也
茨城県の地名|編:平凡社
記事は筆者の主観が多分に含まれております。
誤解や情報が古くなっている場合があることをご了承ください。
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