岩間の愛宕神社|御朱印・密蔵院・悪態まつり(笠間市)

バカヤロー」ふだんは言うことも聞くことも少ないはずのこの言葉。でも、たまには言いたくなるときもありますよね。

それを大勢の前で言ってOKなのが、愛宕神社の悪態あくたいまつり。紛れもなく奇祭です。毎年12月になると多くのメディアで取り上げられるんですよね〜

この記事では笠間市の愛宕山に鎮座する愛宕神社をご紹介します。悪態まつりのようすとあわせてどうぞ。

愛宕山の愛宕神社とは

愛宕山に続く道路

愛宕山に続く道路

岩間の神社といえば愛宕神社。愛宕山のほぼ山頂に鎮座していますが、道路が整備されているので車なら麓から10分ほどでたどり着けるかと思います。

愛宕神社は大同元年(806年)に徳一大師が開山創建したといわれています。江戸時代には徳川幕府から朱印を三石、領主であった宍戸藩や土浦藩から幣帛料が奉納されていました。

明治以前の神仏習合の時代には愛宕権現と呼ばれ、愛宕山 勝軍寺 密蔵院が別当を務めて勝軍地蔵をお祀りしていました。修験道が盛んでしたが、明治に神仏分離が起きると密蔵院が廃寺となりご祭神を火之迦具土ほのかぐつち命、火結ひむすび命、伊邪那美いざなみ大神、水波女みずはのめ命、埴山姫はにやまひめの5柱としています。

全国の愛宕神社と同様に火防の神(火事を防ぐ)として有名です。他と違うのは奇祭・悪態まつりがあることでしょう。後ほどご紹介しますが、神社ゆかりの十三天狗に対して悪口をいうお祭りです。変わってますよね!

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愛宕山はかつて「風穴山」と呼ばれていました。中世の頃、神社にちなみ愛宕山と改称されたそう。ただし、文政5年(1822年)の平田篤胤の”仙境異聞”や土屋家旧蔵の”愛宕山絵図”には”岩間山”とあり、どちらの名前も使われていたようです。
MEMO
祭神「ほのかぐつち」は神社のパンフレットのあった名称をそのまま使っています。

駐車場

あたご天狗の森の駐車場

あたご天狗の森の駐車場

催事でなければ社殿の近くの駐車場を利用できます。満車になることはほぼないでしょう。

悪態まつりのときは社殿の少し手前にある天狗の森駐車場を利用しましょう。満車だと手前かスカイロッジ側の駐車場に停めることになります。

写真は悪態まつりの30分程前のようす。ほぼ満車です。はじめの儀式は山頂でありますが、そこから天狗が下山してから戻ってくる流れなので途中の祠で待ち伏せるのもいいと思います。お供え物争奪戦が悪態まつりの楽しみのひとつなんです!

三の鳥居

あたご天狗の森の鳥居

あたご天狗の森の鳥居

愛宕神社の鳥居は麓の辺りからいくつかありまして、広い駐車場から山頂に登る途中にあるのは三の鳥居かと思います。

車で参拝する場合には道路を進みますが、徒歩の場合は石段を登っていきます。

女人禁制の石碑

女人禁制の石碑

途中にある石碑には「女人禁制」の文字。そう、愛宕山はかつて男性しか足を踏み入れることができませんでした。それなのに多くの領民に信仰されたのはなぜでしょう。

それには前述した密蔵院の影響が大きかったと考えられます。密蔵院は別当として神社の神職に代わって祭祀をしていたんです。ここで妄想を交えた説をひとつ。

愛宕神社はもともと勝軍地蔵をお祀りしていたのですが、戦国時代が終わり江戸時代を迎えて「勝つ」必要がなくなると垂迹神の伊邪那美とその子どもである火之迦具土を前面に信仰を広めようとしました。一般的な愛宕神社のように火防の神として知られるようになったのはこの頃でしょう。

もちろん性別に関係なく信仰できますので本来は女性も参拝できるはずですが。。愛宕山は修験が盛んだった関係で女人禁制。そこで享保8年(1723年)に密蔵院は”女人堂”を建立。密蔵院の近くから女性が参拝できるようにしたんです。遥拝殿みたいなものですね。

女人堂を建立した密蔵院の海水住職のお墓には「開山中興」とありますので、平和になってさびれてしまった愛宕神社を工夫して盛り返したのではと思います。

密蔵院は現存しませんが、境内の周囲にあった土塁は麓の五霊地区で見ることができます。わたしはまだ実際に行ったことないのですが。。

社殿

石段を上がったところに手水舎

石段を上がったところに手水舎

石段を登りきると手水舎と社殿に続く最後の石段があります。横から見たような写真になっていますよね。

急な石段

急な石段

社殿にまっすぐ続く石段もあるのですが。。そちらはえげつない角度。麓からでなくて途中に車を停めて登ることもできるので、登山の難易度は調整できるようになってます。

拝殿

拝殿

拝殿は明治17年(1884年)に建立された立派な入母屋造。太陽がキレイに当たらない位置なので独特の色合いに見えます。

愛宕神社は火防の神!。。でも、確認できるもので過去に4回火災に遭っています。最後の火災は明治11年(1878年)。再建に6年ほどかかりましたが、そのとき本殿までは手が回らなかったそう。

他には宝暦12年(1762年)、文化13年(1816年)、天保7年(1836年)に遭いました。宝暦の火事は不思議なできごとがあったので天狗の仕業というウワサが。。

拝殿の天狗面

拝殿の天狗面

愛宕山の”天狗”はじつのところ異形で荒行をする修験道だったのではと思います。でも、本当にいたら面白いですよね!

飯綱神社と六角殿(夷針神社)

本殿と飯綱神社

本殿と飯綱神社

愛宕神社の本殿の裏側に奥の宮である飯綱いいづな神社へ続く石段があります。この日は悪態まつりだったので辺りに大勢の人がいらっしゃいましたが、ふだんはとても静かな場所です。

飯綱神社

飯綱神社

飯綱神社は今年(2019年)に再建されました。夏頃から作業をはじめており、12月の悪態まつりに間に合わせたようでしたね。

ご祭神は手力雄てぢからおです。”天の岩戸”の神話で天照大神を岩戸から引っ張り出した力持ちの神様です。

飯綱神社の社内

飯綱神社の社内

奥には天狗の団扇のような御神体が安置されていました。前からこうだったでしょうか。変わっているなぁ。ちなみに明治の火災で飯綱神社は難を逃れました。愛宕神社のすぐそばなので奇跡的です。

六角殿

六角殿

社殿の裏には囲われた小さなスペースがあり、中心には鳳凰らしき飾りのついた六角殿があります。境内の立て札によると中に夷針いはり神社があるそうです。

夷針神社は延喜式内神名帳に名前のある神社。いわゆる式内社です。神名帳は10世紀にまとめられた非常に古い書物で、そこに名前があるということは千年以上の歴史があるということ。

ただし、古すぎるため現在の神社と名前が同じであっても本当に式内社かわからないことがほとんど。夷針神社は論社といって「そうかもしれない神社」がいくつもあるんです。

この夷針神社は新編常陸国誌の記述などから「本物」の可能性がけっこう高いといわれているんですよね。さて、真実はいかに?六角殿の中身を覗けたらなにかわかるかも!

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拝殿の周囲には立派なヤマザクラもありますよ!春になったらぜひチェックしてみてくださいね。(リンク:茨城県の桜

十三天狗の祠

十三天狗の祠

十三天狗の祠

六角殿を囲むようにしてあるのが、十三天狗の祠です。十三天狗については以下のようなお話があります。

昔、愛宕山が岩間山といわれていた頃、筑波山、加波山と並んで、ここは天狗の修験道場のひとつでした。ここには最初5人の天狗が住んでいましたが、だんだん増えて 12人となり、やがて長楽寺からひとりの天狗が加わり、 13人の大、小天狗が住むようになり、「十三天狗」と呼ばれるように なりました。天狗たちは、羽団扇を持って雲にのり、大空を矢よりも早く飛び 妖魔を打ち払い、厳しい修行で身につけた術によって重い病人 を救ったり、天候を予知して作物の豊凶を占ったりして、人々を幸せにしていました。
天狗伝説/笠間市公式

お話の中に登場する”長楽寺”という天狗がポイントです。長楽寺ははじめ人間だったといわれ、別の民話にも登場するんです。なにか特別な意味を持っているようです。

元禄元年(1688年)に密蔵院の住職が書き残した”愛宕山縁由記”にも十三天狗のことがあることから、信仰を広げるために誕生したと考えられなくもない。。どうして十三なのか。なぜ長楽寺だけ特別なのか。いくつも謎がある興味深い伝説です。

悪態まつり

天狗の森のシンボル

天狗の森のシンボル

愛宕神社といえば悪態まつり。毎年12月の第3日曜日に開催されます。簡単に説明すると「天狗に悪口を言うまつり」。奇祭感つよい!

どうしてこんな祭りが誕生したのか。境内で聞いたお話と茨城新聞の記事が同一だったので引用します。

「日本三大奇祭」にも数えられるまつりは、13の天狗が厳しい修行をしていた同山の伝説にちなみ、江戸時代中期から行われている。伝承によると、領主が政治に対する住民の意見を聞くため、その時に限り、どんな悪態をついても罪にならないとして始まった。
悪態まつり、天狗に罵声 笠間・愛宕山/茨城新聞

以前は夜に男たちだけでしていたそうですが、現在は昼間に催されだれでも足を運べるようになりました。昼間になった理由としては男たちのいさかいがあったといわれます。夜にお酒を飲みながらの祭りだったので。。

現在は女性や子どもの参加も多く、むかしはガラリと雰囲気が変わったと思います。外国の方も何人かいらっしゃいましたね!

悪態まつりのスタート

悪態まつりのスタート

この日は定時から数分遅れて祭礼がスタート。飯綱神社で祈祷を済ませると十三の天狗は下山しながら各祠に供物(お餅と五円玉)を捧げてお参りをします。

わたしははじめの部分だけ拝見しておりましたが、悪態はほとんど耳にしませんでした。後半激しかったようですね。思ったよりマイルドなので子どもが参加してもぜんぜん大丈夫。

まつりで巡拝する祠

まつりで巡拝する祠

祠では天狗が納めた供物の争奪戦が行われます。この瞬間のみ愛宕山は力が支配する修羅の国となります。後ほど掲載する動画でもなかなか激しい様子が伝わってきますが、かつての男のみのときはどうだったのか。。

供物はちゃんと納めた後に奪い合うルールで、むかしは納め終わる前にとろうとした者は天狗が青竹で叩いてOKだったようです。うーんデンジャラス。(ここで恨み晴らしそう)

下山する天狗たち

下山する天狗たち

悪態まつりは時代に合わせて観光的な要素が強くなったようですね。奇祭として興味を持ってもらったあとには誕生の背景などにも思いを巡らせてもらえるといいなと思います。悪態は本当にストレス発散のためにはじまったのかとか。。

御朱印

愛宕神社と飯綱神社の御朱印

愛宕神社と飯綱神社の御朱印

愛宕神社と飯綱神社の御朱印です。初穂料はいずれも300円。

社殿の右手にある社務所でいただいてください。土日であればだれかはいらっしゃると思います。

「悪態まつり」の印が押されていますが、通年いただけますので限定の御朱印はなしです。

アクセス

名称愛宕神社
住所茨城県茨城県笠間市泉101
駐車場あり
定休日木曜日
Webサイト笠間観光協会
笠間市公式
年間行事 1月1日…歳旦祭
1月24日…例大祭
2月3日…節分祭
10月第3日曜日…千日祭
悪態祭…12月第3日曜日

まとめ

この記事のまとめ

  • 愛宕神社は火防の神、かつては修験道が盛んだった
  • 悪態まつりは十三の天狗たちに悪口をいう奇祭
  • 愛宕神社の社務所で飯綱神社の御朱印もいただける

参考図書

茨城県神社誌/茨城県神社庁

スペシャルサンクス

りん(@rin1070)さん
常磐百景(@joban_100)さん

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