2月17日(水)『うなぎ地蔵』(城里町)の記事を公開しました。次回更新は2月21日(水)の予定です。

お母さんの幽霊を成仏させた親鸞伝説!鳥栖の無量壽寺(鉾田市)

お堂の外観

もっとも伝説を残したお坊さんといえば、弘法大師こと空海ではないでしょうか。「スゴイことが起きた!実は弘法大師がやったこと!」という感じで、茨城の各地にあります。

でも、茨城で弘法大師の次に伝説を残しているのは親鸞しんらん聖人でしょう。浄土真宗の開祖です。(浄土真宗という名前は親鸞が亡き後にできました)親鸞伝説は弘法大師と似ていて、人々を救済するものが多いです。知ると温かい気持ちなるので、語り継がれてきたのでしょう。

まったく親鸞をご存じない方のために、すごく簡単な解説をします。

親鸞は平安時代から鎌倉時代にかけて活躍しました。当時のお坊さんとして画期的なことをした人物です。ただ、その代わりにいろいろな苦難もありました。他の宗教から弾圧されて、流罪になったこともあります。

流罪になった後は、関東で布教しました。茨城の笠間市(稲田)にある西念寺を拠点にしたというのが有力です。約20年も過ごしたと云われているので、茨城には伝説が多数あります。

親鸞については、過去に常総市の願牛寺とのゆかりをご紹介しました。

親鸞聖人像(裏)
初代住職は親鸞!浄土真宗・願牛寺(常総市)

今回は鉾田市の無量壽寺むりょうじゅじをご紹介します。ちょっと怖いけど、ほっこりする親鸞伝説と一緒にお楽しみください♬

無量壽寺とは

無量壽寺入り口

無量壽寺は鉾田市の鳥栖とりのすにあります。同じ名前で別の宗派のお寺が日本各地にありますが、鉾田市は浄土真宗(本願寺派)です。親鸞ゆかりだから当然!ということはありません。

建てられたのは806年。もともとは、三輪宗さんろんしゅうのお寺でした。そのあと、1204年に当時の住職によって禅宗になっています。浄土真宗になったのは、禅宗の頃にあるできごとがあったからなのですが・・・それが親鸞伝説というわけです。境内のあとにご紹介します。

無量壽寺の石段とスロープ

お寺は石段を上がった場所にあります。階段は急ですが、となりにスロープがありますので参拝に苦労はしません。

この日はちょうどバスツアーの方々がお越しでした。文化財のたくさんあって、美しい境内ですから評判がいいことでしょう。

お堂の外観

本堂の立派なかやぶき屋根は印象的です。実際に見るとどっしりと重厚感があります。左手には親鸞の像があります。右手にはかわいらしい子どもの像が並んでいます。整然としていて気持ちのいい景観です。

お堂の中

荘厳な外観と違って中はとてもきらびやかですね。ご本尊は阿弥陀如来あみだにょらいです。

鐘楼堂

境内にある本堂鐘楼堂しょうろうどう(上の写真)、山門は県指定の重要文化財です。どれも古いだけでなくて、見事な大きさや造りが立派です。わかりやすいので、詳しくない方でも楽しめると思います。

銀杏の大木

銀杏いちょうの大木です。素晴らしいですね。他にも県の天然記念物である菩提樹があります。菩提樹は親鸞聖人のお手植えだとか!丁寧にお手入れされた境内は訪れるだけでいいことあると思っています(*´ω`*)

なお、写真はありませんが、寺宝に拾遺古徳伝しゅいことくでんがあります。鎌倉時代の絵巻で親鸞が法然の正統であることを伝えています。そして、もうひとつの寺宝が「幽霊の図」といいます。文字通り幽霊が書かれているそうですが・・・最後にご紹介します。

民話『ゆうれいと親鸞聖人』

幽霊の図と関係あるのかわかりませんが、かつてこのお寺に幽霊が出たお話をご紹介します。わかりやすくアレンジしていますので、参考の本と少し内容が異なります。

いまから750年ほど前、稲田の西念寺に親鸞というお坊さんがいました。親鸞は師の教えを大切にしながら、常陸国(いまの茨城県)で熱心に布教活動をしていました。その親鸞が弟子の順信房じゅんしんぼうを連れて、鹿島神宮へお参りをしたときのことです。

鹿島の途中の鳥栖につくと、幕府の役人である平高時たいらのたかときと土地の人々からお願いをされました。高時は「親鸞さま。お願いがございます。わたしの妻ははじめてのお産が難産でした。なんとか子どもは生まれたのですが、残念ながら妻はそのまま死んでしまいました。墓は近くの無量寺むりょうじですが、そこに妻のゆうれいが出るようになってしまいました。どうか、妻を成仏させていただけないでしょうか」土地の方々も言いました。「高時さまの奥さまは美しい方でした。しかし、幽霊となってからは、口が耳まで裂けてとても恐ろしいのです」「土地の者は恐ろしくて寺に近づかなくなりました。お坊さんがお経をあげてくれますが、ゆうれいは毎日出ます」

親鸞は皆の話を聞いた後「わかりました。それでは、お参りの帰りにまたここにきます。それまでお待ち下さい」といい去っていきました。

数日後、親鸞は約束通り鳥栖にやってきて、高時の家を訪ねました。「それでは小石をたくさん集めてください。わたしは無量寺で待っています。」高時はおかしなことだと思いましたが、部下に小石を集めさせ寺に届けました。すると、親鸞は小石のひとつひとつにお経を書き始めました。小石はたくさんあったので、書き終わるまでに数日がかかりました。やっと書き終えると、石はゆうれいが出るお墓に埋めらました。そして親鸞がお経をあげはじめました。少しの時間が経ってお経が上げ終わると「これで奥さまは成仏されました」と親鸞がいいました。

以来、お寺にゆうれいが出ることはなくなりました。そのあと、親鸞は高時に強くすすめられて、このお寺に3年間住むことになりました。そのうち寺の名前を無量壽寺と改めて、順信坊にあとを譲り稲田に戻っていったといいます。

というわけで、親鸞が幽霊を成仏させたお話です。子どもを心配したお母さんが成仏できずにいたわけですね。怖くて悲しくもありますが、最終的にみんなが救われるお話です。

おまけの『ゆうれい』

鉾田市観光協会のFacebookページで『幽霊の図』が公開されています!そしておまけにもう一枚スゴイのがあります。『地獄絵図』です。鬼とか閻魔様とか描かれちゃってますね。絵が真っ赤なのがなんとも・・・実物は毎年8月14日と15日の2日間だけ公開されます・・・興味のある方はぜひっ(๑•̀ㅂ•́)و✧

怖い絵ですが、興味のある方は以下のリンクからのぞいてみてください。

参考

「夏のヒンヤ〜リ、アートな体験 IN 鉾田」の巻鉾田市観光協会Facebookページ

まとめ

無量壽寺はもともと三論宗のお寺でしたが、親鸞聖人とのゆかりにより浄土真宗となりました。

親鸞聖人は未練を残して旅立った母親の幽霊を成仏させた伝説を残しています。

茅葺き屋根の立派なお堂がありますので、鉾田市でオススメのお参りスポットです。

アクセス

名称 光明院 無碍光院 無量寿寺むりょうじゅじ
住所 〒311-1534 茨城県鉾田市鳥栖1013
Webサイト 鉾田市観光協会内
駐車場 あり


参考図書
茨城の民話/編:日本児童文学者協会
茨城の伝説/編:茨城新聞社