【真壁郡十六郷の総鎮守】野爪鹿嶋神社|八千代町

この記事でわかること
  • 由緒・ご祭神について
  • 三日月神社と祓戸乃大神について
  • 御朱印のいただき方

今回ご紹介する鹿嶋神社は常陸国でもっとも西に位置するかもしれません。

それにどんな意味があるのかわたしもよくわかりませんが、下総国になると一気に香取神社が増えますので常陸国の鹿嶋信仰の最前線ともいえる神社です。

というわけで、八千代町の野爪のつめ鹿嶋神社をご紹介します!

野爪鹿嶋神社とは

野爪鹿嶋神社

野爪鹿嶋神社

由緒

大同元年/806年
創建
藤原鎌足の苗裔・藤原音麻呂が常陸国の一宮である鹿島神宮の分霊を迎えて創建。子孫代々が祀る
承平5年/935年
平将門の乱の兵火により社殿焼失
永享12年/1440年
結城合戦の兵火により社殿焼失
宝徳2年/1450年
社殿再建
第11代結城城主・結城氏朝が小川城主・小川弾正又三郎を作事奉行として社殿再建
安永元年/1772年
大風災により社殿大破
安永7年/1778年
社殿再建(起工)
天明3年に上棟、寛政元年に竣工。
※現在の社殿
慶長19年/1614年
徳川家康が寄付地を寄進
※当社の由緒を聴聞したのは伊奈備前守
寛永2年/1625年
神階:正一位を授かる
慶安元年/1648年
徳川家光朱印地を寄進
徳川家光が朱印地15石を寄進
平成6年/1994年
町の文化財(史跡)に指定される
鹿嶋神社境内及び木立地一円」が町指定文化財(史跡)になる
平成7年/1995年
社号標および二の鳥居建立
平成8年/1996年
社殿改修
拝殿の増築、屋根銅板葺きへ改める
平成25年/2013年
狛犬奉納
平成27年/2015年
大鳥居建立

ご祭神は武甕槌たけみかづち、そして経津主ふつぬし天児屋根あめのこやね比咩ひめ大神を配祀しています。

春日大社とまったく同じ祭神ですね。とすると比咩大神は天児屋根命の后神とされる天美津玉照比売あめのみづたまてるひめ命でしょうか。ちなみに春日大社は鹿島神宮から分霊されましたので同じ主祭神です。

かつては7700坪の境内を有した常陸国の真壁郡十六郷の総鎮守。町内には他に鹿嶋神社はありませんので武士の信仰の中心地だったのでしょう。戦乱に巻き込まれたのもそのせいでしょうか。

wata

茨城県神社誌には旧村社とありますが、境内の案内板には旧郷社とありました。もしかするとなんらかの理由で社格を落としたのかもしれませんね。
MEMO
現在、八千代町のある地域は常陸国と下総国の境界でした(大半は下総国)。そのせいか町内には旧村社の香取神社が12社も鎮座しています。下総国の一宮・香取神宮の影響でしょう。

アクセス

最寄り駅は常総線の下妻駅。下りてから車で10分ほど(4.3km)。

車の場合は常磐道の谷和原ICを下りて約45分。遠い。。

わかりやすい経路としては国道125号と県道136号の交差点を北へ約4分(2.5km)。右手に赤い大鳥居が見えてきますので、その近くに駐車可能です。

名称 (野爪)鹿嶋神社
住所 茨城県八千代町野爪430
駐車場 あり

鳥居および社号標

大鳥居

大鳥居

のどかな通り沿いにドカンと巨大な大鳥居。このあとご紹介する狛犬もそうなのですが、同じ方が寄進されたようです。スゴイ。。

この鳥居の左手が駐車場。社殿はここから数百メートルほど直進したところにあります。

社号標

社号標

立派な社号標は八千代町の元町議長の湯本直氏によって建立されました。湯本氏は奉賛会の会長でもあり、議員在職30年を記念してのことだそうです。

巨大な狛犬

巨大な狛犬

狛犬、とても立派です。当社は歴史のある神社ですが、近年においても数多くの奉納の跡が見られます。一般にはあまり知られていないと思いますが、崇敬の思いが伝わるのは心地いいですね。

三の鳥居(両部式)

三の鳥居(両部式)

三の鳥居は両部式。神仏習合時代の名残ともいえる鳥居です。こちらも湯本氏による建立なので近年のことでしょう。

三日月神社

三日月神社

三日月神社

やや珍しい社号の三日月みかづき神社。ご祭神は月読つくよみです。

月読命は三貴神に数えられるので知名度は高いと思いますが、お祀りしている神社は珍しいのではないでしょうか。

しかも、よくある月読神社などの社号を用いずに「三日月」である理由は。。推測ですが、もとは月待塔があったと考えられます。月待塔とは特定の月齢の出現を拝む月待講に参加していた人々によって建てられた紀念碑です。

月待講はたいてい勢至菩薩や観音菩薩を本尊としていますが、二十三夜尊は勢至菩薩の他に月読尊を本尊とする場合があります。こちらはかつて二十三夜尊だったのかも。。

○○夜は月の満ち欠けを示しており、三日月は三夜か二十六夜に見られます。でも、三夜だとまだ明る過ぎるし二十六夜だと夜明け前になってしまいます。そっちはちょっと考えにくいかな?

また、月待講は女性だけ、あるいは男性だけが集まるといったことがあるそうです。二十三夜尊は男性だけの場合があるので興味深いですね。

手水舎

手水舎

手水舎

現在、水は張られていませんが手水舎です。ここにはユニークなものが2つ。

ひとつは重軽石。2つの石の軽い方を持ち上げることができれば願いが叶うとか。「軽」とあるほうが大きいので悩みどころです。

祓戸乃大神の石碑

祓戸乃大神の石碑

もうひとつは祓戸はらえど乃大神」の石碑です。祓戸乃大神とは、天つ罪、国つ罪を祓う神の総称です。伊邪那岐命が黄泉国から帰還した際の禊で生まれた神々を指すともいわれます。

ただ。。わたしは当社が藤原氏による創建であることから大祓詞おおはらえことばに名のある神々を連想します。やはり罪を祓う神々で以下の四柱のことです。

  1. 瀬織津比売せおりつひめ
  2. 速開都比売はやあきつひめ
  3. 気吹戸主いぶきどぬし
  4. 速佐須良比売はやさすらひめ

大祓詞は藤原氏の元の氏である中臣氏が祭祀で読み上げるもので中臣祭文さいもんともいわれました。祭文は祭祀で神霊に捧げる言葉という意味で祝詞はこの中に含まれます。

ちなみに、大神は神よりも偉大とされる場合に用いられます。そして大神の上が大御神おおみかみ。八百万の神で大御神がつくのは天照大御神と迦毛かも大御神だけです。

社殿

拝殿

拝殿

入母屋造の拝殿です。特別なことはなにも無いように見えますが。。じつは南西を向いています。

神社が南や東向きなのは太陽(天照大御神)に背を向けないためです。ただ、鹿嶋神社は本営の鹿島神宮が北向きなので同じように建てることが多いです。

鹿島神宮の北向きは北方(蝦夷)に睨みを効かせているためなどと言われるのですが、当社の場合は。。とにかく南西の方向に「なにか」あるのでしょう

社殿の前は日が差しています。薄暗い参道から一転して明るくなり、神前の雰囲気が漂っていました。

宮司さんは常駐しておりませんが、毎日出入りをしているようで基本的には社殿を開放しています

本殿

本殿

本殿は一般的な流造。男千木、鰹木5本。鹿嶋神社ではよく見るタイプです。

天の邪鬼

天の邪鬼

注目は屋根下の彫刻。おそらく天の邪鬼ですね。屋根を支えているように見えますが、手は膝の上。険しい顔をしているので嫌々ながら守護をしているといったところでしょうか。

夫婦杉

夫婦杉(樹齢700年)

夫婦杉(樹齢700年)

本社は参道と社殿の裏に夫婦杉があります。

夫婦杉(子供)

夫婦杉(子供)

参道の方は樹齢700年以上といわれ縁結びのご利益があるとか。社殿裏は「子供」の夫婦杉とあるので、樹齢は比較的若いのでしょう。

鹿嶋神社(および鹿島神宮)は武神を祀りながら安産や子育て、縁結びの御利益があることで知られています。

個人的には武甕槌命の本地仏が十一面観音であることに由来すると思うのですが。。古くからある信仰なのはたしかです。

雄々しい印象の神社かもしれませんが、縁結びの祈願は伝統です。遠慮なくどうぞ♪

御朱印

野爪鹿嶋神社の御朱印

野爪鹿嶋神社の御朱印

野爪鹿嶋神社の御朱印です。境内南に位置する宮司宅でいただけます。

立派な冠木門があるのですぐわかると思います。念の為表札を確認してからお伺いください。

まとめ

この記事のまとめ

  • 野爪鹿嶋神社は常陸国と下総国の境界に位置する八千代町に鎮座
  • 兵火で二度も社殿が焼失したことがある
  • 御朱印は宮司宅でいただける

参考文献

茨城県神社誌/茨城県神社庁

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA