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仏教には色々な宗派がありますよね。大抵その開祖は超有名人ですから歴史の教科書で習ったこと。真言宗=空海、天台宗=最澄、浄土宗=法然という感じです。
そういう意味で禅宗はさほど語られる機会が少ないかもしれません。しかしながら、茨城県内には禅宗のお寺がたくさんありますからぜひとも知っておいていただきたいですね。
今回は小美玉市にある鳳林院(曹洞宗)をご紹介します。領主との結びつきが強い由緒あるお寺です。ユニークな境内も魅力なのでぜひ足を運んでみてください。
鳳林院とは
由緒
御本尊は釈迦牟尼仏です。当院の宗派である曹洞宗をはじめ、禅宗のほぼすべてがお釈迦様を御本尊としております。お寺から特別に案内がない場合は、そのお念仏は「南無釈迦牟尼仏」でよいかと思います。
由緒から読み取れる要点は領主からの信仰が篤かったことと多賀の大雄院二世によって開山されていることですね。大雄院は常陸国内で有力な曹洞宗の寺院で全盛期には29もの末寺を有していました。
『美野里町史』によれば、永篤大和尚を招聘したのは竹原城主の竹原義邦とのこと。天正年間の義邦と同名なのでもしかしたら誤記かもしれませんが、いずれにせよ大雄院は開山からまもなくその評判が広まっていたようです。
天正の義邦によって中興された鳳林院もまた3つの末寺を有するほどでした。火災により堂宇や社伝等を失ってしまいましたが、再建されながらも今に伝わる山門や境内で発掘された経石から当時の隆盛をうかがえます。
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アクセス
最寄りのICは常磐道の石岡小美玉スマートIC(ETC専用)。下りてから約10分です。国道6号の竹原交差点を南東の方向に向かえば、右手側に境内入り口の看板が見えてきます。
駐車場は境内東側に広がっております。道中の道路も整備されていますので、とても参拝しやすいかと思います。
名称 | 萬松山 鳳林院 |
---|---|
住所 | 茨城県小美玉市竹原中郷612 |
駐車場 | あり |
Webサイト | 公式サイト |
山門
鳳林院の駐車場は本堂の近くなので、人によっては山門に気付かず直接本堂に向かってしまうかもしれません。
しかし、当院では山門をくぐって参拝することが原則。基本的には他のお寺もそうなのですが、当院のこだわりはひとしおで「来院のお願い」として案内が設置されていました。これは遵守しておきたいところです。
それでは何故それほど山門を重視するのか。境内では次のように説明されていました。
山門は、寺院を代表する正門であり、禅宗七堂伽藍(山門、仏殿、法堂、僧堂、庫裏、東司、浴司)の中の一つです。そもそもは三門と称し、仏道修行で悟りに至るために通り過ぎなければならない三つの関門を表す、「空」、「無相」、「無作」の三解脱門を略したものです。
お寺は悟りを開くための修業の場でもありますから、門をくぐるたびにそれらを意識させるということかと思います。
さて、参拝でくぐるといえば神社の鳥居も同じです。神仏に出会うためには「くぐる」必要があるわけですが、根本が異なるはずの神道と仏教なのに境内の造りや儀式に相似点がよく見えるのは面白いと思いませんか?
同じ日本人が信仰しているから、と言えばそれまでですが、わたしとしてはその共通点にこそ信仰の本質を感じます。前述した山門の説明はそのとおりとして「くぐる」にどんな意味があるのか。時々考えたりするんですよね。
清浄守護龍柱
山門の先にあるのは清浄守護龍柱です。参拝者の邪気を払い守護するお役目があるのだとか。初見では何事かと思いました。平成24年に二十三世によって建立されたそう。
また、「登竜門」の故事にならい本堂に向かって右側の龍には鯉が彫られています。立身出世のご利益も意識されていたりして。
ところで、当院は「鳳林院」と号しますが、「鳳」と「龍」には不思議なつながりがあるんです。ちょっと面白い切なのでご紹介しましょう。
「風」は、上の金文をみて分かるとおり、「凡(帆)」と「虫」に分解されます。古代中国では、伝説上の鳥や虫が羽を使って風を起こすと考えられていました。
実は、「風」と「鳳」=伝説上の神鳥=の文字は、もともと同じ文字だったとされています。人々は、風とともに大空を羽ばたく鳳凰の姿を見ていたのです。
その後あと、天空には龍が住むと考えられるようになり、風は龍の姿をした神が起こすとされました。そして「凡」に、龍を含ふくめた爬虫類を示す「虫」の文字が加くわえられ、「風」の字が作られたという説があります。
産経国際書会
「鳳」と「龍」はどちらも風を起こす存在とされていたんですね。
また、関連する面白いこととして、昔は人々の願いは神仏に直接届かず風を介すると考えられました。風が鳳や龍と通じているのであれば、神社の社殿、特に正面に鳳凰や龍が彫られているのは意義深いと思うんですよね。
本堂
龍柱の石段の先はまもなく本堂です。鰐口、香炉、お賽銭箱が揃えられ、参拝者向けのちょっとした解説がありました。鳳林院(曹洞宗)は1本の線香でよいそうです。これは宗派やお寺によって違いますから教えていただけるのはありがたいことです。
香炉の文様もなにか心を和ませるものがあります。簡単なようで他のお寺で見かけることは少ないのではないでしょうか。
本堂内ではほぼ毎月坐禅会が行われていて、電話で申し込めるようになっています。日時はホームページにありますので興味のある方はぜひご覧ください。年に2回は写経もされているようです。境内にある参禅道場の石碑はこれのことだったんですね。
周辺ではこんな可愛らしいものを見つけました。「夫婦和合道祖神」とのこと。文字だけの石碑が多い中でこのようなスタイルはとても珍しいかと思います。
特別に古いわけではありませんが、人々の願いがわかりやすく表現されていて微笑ましく思いました。上の像は「縁結び道祖神」とありますから、夫婦でなくても拝んだら御利益ありそうです♪
稲荷神社
当院のもうひとつの特徴が本堂に向かって左手に鎮座する稲荷神社です。小高い山の上に祀られているので山の神たる伏見稲荷の印象を持ちましたが、じつは愛知県から分霊された豊川稲荷で美野里豊川稲荷と呼ばれています。
お祀りしているのは仏道の守護神である吒枳尼真天。寒巌義尹禅師が帰朝の際に感得し、豊川の円福山妙厳寺(曹洞宗)の開創と共に祭祀が始まったといわれています。(参考:公式サイト)
伏見とは経緯が違うものの、白い狐にまたがる姿などから「お稲荷さま」として親しまれる神様です。ただ、個人的には吒枳尼真天といえばインド神話で脅威の存在とされる「ダーキニー」が仏教に取り込まれて守護神化したと理解しているので、伏見よりもアグレッシブに神徳をあらわす印象です。
県内の禅宗のお寺ではたま〜に見かけるので、そのときには鳳林院の解説を思い出していただきたいですね!
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一字一石経
市の文化財にも指定されている一字一石経は境内の東側の小高い場所から発掘されました。鳳林院のサイトでは次のように説明されています。
この経石は、享保4年(1719年)当時、当院に修行をしていた僧侶が、飢饉や洪水などの被害から地域の人々を救うための願いをこめて、経文を一字ずつ川石に写したもので、その数は大乗妙典経文の字数から考えて約7万個の経石と思われます。
その他、供養のための経石もあり、「寛永通宝」銭も約16枚見つかりました。経石は、これまで他市町村でも発掘されたことはありますが、当院のように年代や作者名まで明らかにされた例は少なく、貴重な史料になっています。
一字一石経(小美玉市指定文化財)
石にお経を書くとはなんとも神秘的ですよね。当院のお隣りにある鉾田市の無量寿寺(鳥栖)では、親鸞が子供を残して亡くなった母親の幽霊を供養するため同じようにしたという伝説があります。難民の救済に加えて亡くなった方々の供養の意味もあるのかもしれません。
近くに駐車はできませんので、駐車場から5分ほど歩くことになります。
御朱印
鳳林院の御朱印です。本堂から向かって右手の庫裏でお声掛けください。
「釈迦牟尼仏」の下に見える印は鳳と龍でしょうか。鳳林院らしさの見える素晴らしい御朱印ですね!
まとめ
この記事のまとめ
- 大雄院の住職による中興された曹洞宗のお寺。御本尊は釈迦牟尼仏。
- 参拝の際には必ず山門をくぐること
- 御朱印は本堂右手の庫裏でいただける
参考文献
美野里町史 上/
茨城県の地名/編:平凡社
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記事は筆者の主観が多分に含まれております。
誤解や情報が古くなっている場合があることをご了承ください。
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