2月21日(水)『茨城に美人はいない都市伝説』(常陸太田市)の記事を公開しました。次回更新は2月24日(土)の予定です。

平将門はなぜ強かった?ピンチを救った妙見菩薩はいまも禅福寺にあり!(つくばみらい市)

イラスト『妙見菩薩の化身』

平将門たいらのまさかどは茨城で人気です。世間の評価はさまざまですが、貧しい農民のために戦ったことが認められているからです。そして人気者に伝説はつきもの。茨城は地元だけあってたくさん残されています。

これまで将門の胴塚や将門まつりをご紹介しました。終焉の地である坂東市のお話でしたが、他の場所にもありますよ!伝説には強さの秘密やお寺の縁起に関わるようなものが多いですね。しかもいくつかの町にわたっているので、整理しないと混乱しそうです。

というわけで、今回はつくばみらい市の将門伝説をご紹介します。これを読むと将門が神(仏)がかっているイメージになると思います。でも、茨城の英雄なので許してくださいね。

民話『将門を救った童子』

インパクトある伝説からご紹介します。

将門は初めから強い勢力を持っていませんでした。特に京都から戻ってきたばかりの頃は、まさか身内から狙われるとは思っていなかったでしょう。いたら帰ってこないですよね。そうした苦しい時期を救った童子(子供)がいたというものです。

将門は『子飼の渡し』(いまの小貝川)で叔父の平良兼たいらのよしかねから総攻撃を受けていました。同じ平氏ですが領地を奪うための戦いです。

良兼は将門の父・良将よしまさの像を掲げていたので、将門軍の兵は困惑しながら防戦をすることになりました。一方、良兼の軍は大軍で雨のように矢を放ってきます。兵力でも劣る将門軍は絶体絶命でした。

そんなとき「わたしたちが味方になりましょう」と童子が現れました。そして、間髪入れずに良将軍に向かって矢を放ち始めたのです。兵たちはあっけにとられましたが・・・童子はひたすら矢を放っていたので「子どもに負けるな!」と士気を高め、一斉に攻撃を開始しました。

しかし、戦況は悪化しないものの、だれもが逆転は難しいと考えはじめました。すると童子は矢を放つのを止め、将門の元へと走りました。話を聞いていた将門ですが、本当に童子がいることに驚き「あなたはいかなる方でしょう」とたずねました。「わたしは妙見菩薩です。正しい心を持ったあなたを助けるためにやってきました」

童子は将門に戦場からの逃げ道を教えると、その場からすっと消えてしまいました。仏のご加護があることを知った将門軍はさらに士気が向上し、良将軍から逃げ切ることができました。

童子は「わたしたちは上総国の花園の寺にいる」と残していきました。そのため、将門は花園に使いを出し、妙見菩薩をお迎えしました。いまのつくばみらい市の禅福寺にある十一面観音が、その菩薩だと云われています。


参考
いばらきのむかし話/藤田稔

妙見とは北斗七星のことです。夜空に輝く神秘的な星を見た人たちが、「妙見菩薩」とか「北辰菩薩」とあがめるようになりました。

お話だと妙見菩薩は十一面観音と同じように書かれてしまっていますが、妙見菩薩が十一面観音”像”の姿を借りているという意味です。

小貝川の戦いは、仏の力が必要なほど厳しかったのでしょうか。奇跡的に生き延びたことを説明する伝説という気がしますね。それに正しい心の持ち主には仏も力を借してくれる、と伝えているのかもしれません。

MEMO
将門は快進撃を続けますが最後に敗れます。民話では「新皇と名乗った思い上がりがあったから、妙見菩薩の加護を失った」とも語られます。

wata

将門はいきなり強者でなく、はじめに弱い立場&弱い勢力だったことで、人々の共感をさらに強くしたのでしょう。

禅福寺

伝説の妙見菩薩のある禅福寺ぜんぷくじにも足を運んできました。正面の門周辺に駐車場はありませんが、本堂の裏手に駐車できます。道路は狭いですが、駐車場は意外なほど広いですよ。

禅福寺入り口

禅福寺は公式Webサイトが無く、境内にも解説がありませんのでご紹介が難しいです。ただ、常総散策さんがとても詳しくご紹介しています。内容を以下に要約しましたのでご参考に。さらに詳しく知りたい方は、その下のリンクからどうぞ。

  1. 創建は931年。平将門によって建てられた。(出典:禅福寺縁起)
  2. 紋は九曜星。平将門をご祭神とした国王神社(坂東市)と同じ
  3. 九曜星は武士に人気。星は仏を意味し、守護神や妙見信仰につながる

参考

谷和原 普門山「禅福寺」常総散策

山門

禅福寺外観

お堂は新しく、鮮やかな色をしています。九曜星もしっかり輝いていますね。周囲の道路が狭いだけあって、非常に静かな境内です。心穏やかにお参りできますよ♪

平将門の墓

先ほどご紹介した常総散策さんの記事は11年前に書かれました。そのときに紹介されていないので、近年できたものでしょう。平将門の墓がありました。

平将門の墓

写真だとわかりにくいですが『平新王将門公之霊』とあります。東京の首塚や坂東の胴塚とは別にできたのですね。せっかくゆかりがあるので案内が欲しいところです。

アクセス

名称 普門山 禅福寺
住所 〒300-2435 茨城県つくばみらい市筒戸1094
駐車場 あり

まとめ

平将門ははじめから連戦連勝ではありませんでした。特に京都からふるさと(いまの茨城県の辺り)に帰ってきたときは、苦しい状況が続きました。

それを救ったのは妙見菩薩。将門は正しい心を持っていたので、ピンチになると妙見菩薩の化身(童子)が現れました。

妙見菩薩は十一面観音としてつくばみらい市の禅福寺に祀られています。お近くを通られたときにでもお参りしてみてくださいね!