wata
茨城に新しい風が吹いていますよ〜!場所は牛久市。市内の城跡をめぐるイベントが開催されたんです。
城跡。。ふつうの人はよくわかりませんよね〜でも、”城マニア”もいることですし、魅力があることは確か。この機に調べてみるのもいいと思いますよ。
この記事では御城印を頒布した牛久市城跡めぐりと城跡のひとつ小坂城をご紹介します。これを機に城跡に興味を持つ方が増えたり、城跡の整備につながるといいですね〜
牛久市城跡めぐり
牛久市城跡めぐりは2019年12月8日(日)に開催されました。主催は牛久市城跡めぐり運営委員会(LOCAL ACTIVATE)。茨城の地域活性化および町おこしを目的とした団体です。
もっとも注目を集めたのはイベントでいただける御城印。御城印は寺社でいただける御朱印のような書です。このときまで知りませんでしたが、県外では100を超える数あるそうです!
文字だけではなく立派な印までありますから「かっこいい、欲しい〜!」という方もたくさんいらっしゃったと思います。わたしみたいに!
牛久市内の城跡は以下です。他にもあるかも?
- 牛久城
- 岡見城
- 小坂城
- 久野城
- 東林寺城
- 遠山城
- 桂城
詳しい位置や歴史的な背景については”牛久市文化財ガイドブック”をご参照ください。Web上から無料で読めますよ♪
3種類の御城印と頒布ルール
配布された御城印は牛久城、岡見城、小坂城の3種類です。頒布の概要は以下です。
●時間:朝10時〜午後5時まで
●場所:株式会社ヤマイチ味噌敷地内(茨城県牛久市島田町2713)
●駐車場:牛久市奥野生涯学習センター(茨城県牛久市島田町2700-1)
●御城印料:各300円
●その他:寺社の御朱印帳はNG。専用帳面を用意すること。
御城印は”直書き”と”書き置き”の2種類です。直書きは帳面に、書き置きは御城印のある紙をいただけます。当初書き置きは各50枚とのことでしたが、直前に各100枚に増量。当日はさらに多くの方が希望されたので追加で書いたようです。
また、直書き・書き置きともはじめの10枚はプレミア番号の書き入れもありました。これはマニア心をくすぐる。。
一般的な御朱印と違うのは、各城をめぐらなくてもいただけること。そのためかなり早い時間から並んだ方もいるそうです。早朝、いや深夜だったという噂も。
寺社ではなく民間団体の主催であることやSNSを使った告知などもユニークでした。当日は御城印をいただいた方が300人もいたとか。告知は2週間くらい前からでしょうか。すごい拡散力です!
wata
小坂城
御城印をいただける城跡でももっとも整備されていたのは小坂城址です。ここだけは城跡に詳しくなくても大丈夫。住宅街に隣接しており公園として利用される方もいらっしゃいます。
牛久阿見ICを下りて約10分。4台ほど停められる駐車場が用意されています。バス用はほとんど利用されないと思いますので、そちらに停めてもほぼ問題ないでしょう。
小坂城とはどんなお城だったのでしょうか。牛久市文化財ガイドブックから引用します。
城主は、『小田家風記』に「岡見備中守」の名が記されていることから、岡見氏の一族であったと考えられます。城の構造的な特徴は、各曲輪を守る土塁と空堀が複雑な折れをもつことです。これは、曲輪の外部にいる敵を側面から攻撃するとともに、空堀に侵入した敵の移動を妨げ、視界を遮るためと考えられます。
小坂城跡 市指定文化財 ( 平成 18年11月24 日指定 )
牛久市文化財ガイドブック
牛久といえば岡見氏。現在の”岡見町”の岡見です。岡見氏は茨城の県南の辺りを支配していた小田氏の一族。室町時代の史料にある岡見郷の住人”南殿三郎朝義”が岡見氏の先祖と考えられるとか。つまり土着の武将だったのでしょう。
”攻城団”によると小坂城の築城は永禄年間(1558年~1570年)。廃城は小田原征伐のあった天正18年(1590年)とのこと。その頃の岡見氏は佐竹氏に敗れた小田氏のもとを離れ北条氏の配下でした。北条氏が”征伐”されたら後ろ盾ありませんから。。廃城になっちゃいますよね。
小坂城が位置する小高い場所は愛宕山。15〜20mほどの高さだそう。そしてすぐ近くには小野川が流れています。冬入りしてしまったので落ち葉が多く少々寂しい印象でしたが、夏や秋は美しい光景だったかと思います。ただし、夏はマムシが出るそうで注意しないと。。
ガイドブックにある通り城跡は少し複雑です。小坂城は4つの曲輪(郭)で成り立っており、それぞれ大きさや役割が異なっています。郭はお城内外の区画のことですよ。
崖側の一の曲輪を護るように二の曲輪、三の曲輪が位置しています。二と三を通らないと一にたどり着けない仕組みですね。おそらく一に殿様など偉い方が控えていたのでしょう。
四は少し趣が違っていて、文化的な意味を持っていたとか。。お茶碗や石臼などの破片が出土されているそうです。
城跡に残っているのはお城の”土台”の部分のみですから、楽しめるかというとちょっと難しい。大きな想像力が必要だと思います。
そういう意味では歴史小説や民話なんかはいいですよね。駐車場から上がった辺りに民話”笄松物語”を紹介する立て札がありましたが、人々の記憶に残すためにも重要な存在なのでしょう。
ちなみに笄松物語はお城に仕えていた”きく”が手柄でもらった笄(ヘアバンドみたいなもの)を井戸に落としてしまい、その悲しみから井戸に身を投げてしまうというもの。それを知った村人たちが井戸のそばに松を植えると笄の形に育ったそうです。
アクセス
名称 | 小坂城址 |
---|---|
住所 | 茨城県牛久市小坂 |
駐車場 | あり(4台ほど) |
以下は駐車場の位置を示します。城跡はすぐ東側にあります。
ヤマイチ味噌
帳面が書き上がるまで頒布場所となったヤマイチ味噌を散策しておりました。
敷地内に祠があるんですねぇ。ちょっとめずらしいかも。お社からご祭神はわかりませんでしたが、やっぱり稲荷神社でしょうか。
もうひとつは青面金剛です。寛政12年(1800年)。。ずいぶん古いですね。庚申塔と同じ意味で三尸の虫を押さえたり、道祖神や猿田彦命のような神格を持っているとされています。
せっかくなので店内でソフトクリームをいただきました。この日は晴天に恵まれましたし、けっこう歩いたので暑かった。。
これ味噌が入っているそうですよ。さいごのフワッと香るのがいいですね。とてもおいしかったです。
イベントの所感
茨城の城に注目したイベントはこれまでも多々あったと思いますが、わたしの耳にはほとんど入ってきませんでした。それに対して今回のSNSによる告知はとてもよかったです。特にInstaの反響が大きかったようですね。主催者がそれまで地道にフォロワーを増やした成果でしょう。
多くの方がいただいた御城印も素晴らしいものでした。達筆でデザインが良く、コレクション性があると思います。それに一人で終日書ききった主催者のガッツもすごいです。
課題をあげるならお城の紹介という点でしょうか。御城印をきっかけに多くの方がいらしので、そこで各お城についてもう少し掘り下げて案内できるとよかったですね。今回は市発行のガイドブックの引用にとどめておりました。
実際に城跡をめぐっている方も少なかったかな。。わたしがすれ違ったのは小坂城4名、岡見城1名、牛久城6名、久野城は0。城跡には駐車場がなく私有地も含まれていますから、どこまで行っていいかの判断も難しいところでした。
城跡の情報の正確さや専門性を求めてもすぐ限界がきますから、主催者や参加者がそれぞれ感じている魅力を伝えられるといいですよね。やはりSNSやWebの活用は必須かと。
ちなみにわたしは民話の”栗林義長”をきっかけに牛久城や岡見城を知りました。ほとんどファンタジーなので城跡の魅力か微妙ですが、牛久の歴史に興味をもたせ現地に行ってみたくなるお話でしたよ♪
魅力の発見や発信はだれでもできます。それぞれが情報や感想を少しずつでも発信すれば、さらに楽しくて奥深いイベントになると思うんですよね。今後も期待しましょう!
まとめ
この記事のまとめ
- 茨城初の御城印は牛久市で頒布
- 城跡は素人目にはなかなかわからない。予備知識が必要
- 今後も継続の予定。LOCAL ACTIVATEのSNSをチェック
記事は筆者の主観が多分に含まれております。
誤解や情報が古くなっている場合があることをご了承ください。
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