2月17日(水)『うなぎ地蔵』(城里町)の記事を公開しました。次回更新は2月21日(水)の予定です。

2人の黄門様が愛した名勝 涸沼(茨城町)

親沢公園の松と涸沼2

『黄門』とは、江戸時代まであった中納言という役職の別称です。水戸藩の中納言(藩主)は11人いるので、『水戸黄門』も11人です。TVドラマ『水戸黄門』は、第2代藩主・とくがわみつくにが主役ですね。

千波湖の水戸光圀像

今回は2人の黄門様の足跡をたどってきました。私が大好きな光圀と第9代藩主・なりあきです。2人とも個性的で面白いので、ぜひ、県外の方にも知って欲しい人物です。生まれた時代も性格も違う2人ですが、同じ場所が好きで何度も足を運んでいました。それが現在の茨城町にあるぬまです。

烈公のお気に入り 名勝『ひろうら

まずは斉昭が水戸八景として選んだ、めいしょう広浦に行きました。名勝というのは景色が優れた場所、という意味です。広浦公園の駐車場に車を停めて、涸沼に向かうと・・・

猫と涸沼

にゃんこがお出迎え。公園近くのしじみ屋さんがお家のようです。カワイイ以外に特に意味はありません(*´ω`*)右手に猫、左手を見るとすぐに名勝地であることがわかりました。

大杉神社

名称広浦の石碑

広浦の石碑の隣には神社があります。

大杉神社

こちらの神社は大杉神社です。この地は江戸時代に天然痘が流行ったので、神にもすがる思いで大杉神社(稲敷市)から分祀したそうです。天然痘。感染して人の命を奪う病気ですが、いまでは完全に撲滅されました。時代の違いを感じます。

広浦公園の水神宮

すぐ隣には水神様が祀られていました。湖で漁をする方の守り神ですね。

烈公ゆかりの石碑

斉昭の句と名勝広浦の石碑

湖岸に沿って砂利道を歩くと、斉昭ゆかりの石碑がありました。石碑には斉昭が詠んだ和歌があります。

浪の色も空にかよひてすめる夜の月の光も広浦の月

美しい涸沼ですが、斉昭はその中でもお気に入りがありました。秋の夜に涸沼の水面に写る月です。和歌はその月を詠んだもので、ふじとうあいざわせいさいらと一緒でした。信頼できる家来と一緒だったので、きっと気分もよかったんですね!

公園内をもう少しブラブラしてみました。

広浦公園

広浦公園

わかりにくいですが、船が何隻もあります。暖かい時期は船を出して釣りを楽しめるそうです。ハゼ、ワカサギ、コイ、マルタ、ボラ・・・などなど。涸沼は大きなヤマトシジミで有名ですが、お魚もたくさんとれます。そういえば、私も昔はよくハゼ釣りにきました。

涸沼にたくさんの魚や鳥、植物があるのは、汽水湖だからという理由もあります。海水と淡水が混じっている湖で、全国的にとても珍しい湖なんですよ(*^^*)

透き通った涸沼の水

涸沼の水は透き通っていて綺麗です。太陽が反射して、湖に宝石が埋まっているようです。水質が良いのはラムサール条約で保護されているせいかもしれませんね。

ラムサール条約とは

ラムサール条約について茨城町のパンフレットから引用します。

ラムサール条約とは?

1971年にイランのラムサールで開催された「湿地及び水鳥の保全のための国際会議」において「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」が採択されました。
この条約は水辺環境(湿地や植物)の保全を目的としており、開催地にちなんで「ラムサール条約」と呼ばれています。

世界的な自然保護の条約なんですね!

大杉神社の赤い鳥居

神社からかなり離れたところにも鳥居があります。青い湖に赤い鳥居。ナイスな色合いです。

斉昭は、荒っぽい性格でした。尊皇攘夷に富国強兵、そして藩の内外で改革を叫んでいたので、亡くなった後に『烈公』と呼ばれるようになりました。でも、ときどき景色を見に出かけたり、水戸に『偕楽園』を造ったりと、美しいものを楽しむ穏やかな心もあったんですね。(美しい女性も好きだったようですが・・・)

ここから広浦港を通ってお昼ごはんにしました。

広浦港の船

港には屋形船が一隻だけあります。イベントのときに使うようですね。

うなぎや

うなぎや

うな丼としじみ汁

お昼は『うなぎや』。やっぱり出ました、しじみ汁。あまじょっぱいうなぎのタレに合います!このお店は店内から涸沼が見えることも魅力です。ちょっと高めの価格帯ですが、お客さんでいっぱいでした。お腹も満たされて広浦を満喫できました!

アクセス

名称:広浦公園
住所:茨城県東茨城郡茨城町下石崎1651

義公のお気に入り 名勝『おやざわ

広浦から車で10分ほど移動したところ。名勝親沢です。

親沢公園の松と涸沼2

親沢公園から見る涸沼

松と涸沼。なんとも日本らしいです。

親沢の鼻

親沢の鼻

こちらの名勝は『親沢の鼻』と呼ばれる湖畔に突き出た一帯です。光圀は親沢で『親沢の一つ松』という句を詠んでいます。

子を思ふ涙ひぬまの一つ松 波にゆられて幾代へぬらむ

和歌の意味はわかりません(¯―¯٥)でも、この歌はこの地で枯れてしまった松と松を大切にしてきた方々を想って詠んだそうです。なぐさめたり、励ましたりする意図がありそうです。

シラウオとり

私が訪ねたとき、シラウオをとっていた方がいました。成果を聞いたところイマイチとのこと。収穫は風の強さがポイントで、寒い時期は強風でないとたくさんとれないのだとか。ちなみに、防寒がしっかりしているのか、寒さはほとんど感じないそうです。

親沢公園のテント

広浦公園もこの公園もキャンプ場として利用できます。冬場だったので楽しむ方はほとんど見かけませんでしたが、暖かい時期なら気持ちよさそうです。

おなじみの水戸黄門(光圀)は、歴史書『大日本史』の編さんをしたことで有名です。光圀はとある事情で兄を差し置いて藩主となってしまいました。本当に自分でいいのか、とたくさん悩みましたが、解決のヒントを与えてくれたのは歴史書でした。歴史書の大切さを知った光圀は、後世に伝えられるようにと自ら歴史書をつくることにしました。素朴な発想から偉大なことを成し遂げたんですね。でも、光圀を一番最初に好きになったのは、TVドラマです。再放送で見た初代黄門様・東野英治郎は最高です。あの笑い方が特にいいです!

光圀は面白いエピソードがたくさんあります。若い頃はやんちゃしていたことや、藩主になって和紙の量産に成功したこと。公共事業で人々の生活をよくしたことや、借金返済のために自ら倹約生活をしたこと。そして、老中手討ち事件・・・内容が豊富なので、県内で少しずつ資料を見ながらたどっていきたいですね!

アクセス

名称:親沢公園
住所:茨城県東茨城郡茨城町上石崎4144-4