伏木香取神社を深堀りしてみる|境町

この記事でわかること
  • 由緒とご祭神、別当について
  • 境内社(八坂、浅間、白山)について
  • 御朱印のいただき方

数年前から境町の神社の御朱印が話題になっています。種類豊富で色鮮やか。先日、久しぶりに参拝してきまして、その人気ぶりを再確認しました。

しかし、実際には御朱印の魅力だけではなく、丁寧な案内と親切な応対により初心者でも楽しく参拝できるためかと思います。

今回はその境町の伏木ふせぎに鎮座する香取神社(伏木香取神社)についてシェアします。境香取や塚崎香取神社にも近いのであわせてどうぞ〜♪

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伏木香取神社とは

伏木香取神社

伏木香取神社

由緒

後醍醐天皇の御代/1318-1339年
創建
香取神宮より伏木村字大木に分霊して創建
永徳3年/1383年
遷座
現在地の馬場(香取山)に遷座
天正元年/1573年
社殿焼失
多賀谷氏の焼き討ちにあい、社殿焼失
寛文2年/1662年
社殿再興(再建)
※社殿焼失後、祭祀が行われず廃社していたかもしれない
宝永4年/1708年
本殿造営
本殿造営し正遷座(別当成就院俊海)
大正元年/1912年
村社列格
明治33年/1900年
石鳥居建立
昭和10年/1936年
本殿・拝殿改築
昭和48年/1973年
社殿改築
拝殿の他境内社(八坂神社、浅間神社、愛宕神社、天満宮)を改築

ご祭神は経津主ふつぬし大神です。相殿神として誉田別ほんだわけをお祀りしています。

上記の由緒は伏木香取神社の境内に掲示してあるものとほぼ同じです(共進指定と宗教法人設立は削除)。わたしが付け足しているのは2箇所。天正の焼き討ちと別当の存在です。

当社の別当を務めた成就院じょうじゅいんは、伏木の大照院の門徒です。詳細は不明ですが、現在同地にその跡が一切残っていないことを考えると、かなり小規模であり実態は里修験だったのではと思います。

わたしの認識では、門徒とは特定の寺院の属しているもののお葬式など寺院特有の役目を担えない立場です。そのため別当(祭祀)やその他の仕事を兼業して生活していたと考えられます。

当社は短く見積もっても江戸時代の中期から成就院と一体でした。『茨城県神社』でも成就院について触れられていたので明治の神仏判然令を受けても双方は良好な関係だったようです。

神職と僧侶が一体となって、というか同一人物によって運営されていたため神社の権威を復興させるような運動(廃仏毀釈)が起こらなかったのではと思います。

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相殿神の誉田別命が祀られた経緯は不詳です。ただ、鎌倉街道沿いにあることや歴代の関宿藩主が源氏であることを考えると適当かと思います。

アクセス

圏央道の坂東ICを下りて約10分。周辺に電車はないのでほぼ車での参拝になるかと思います。

境内西の広場に停められます。参拝者が多い神社ですが、埋まっていることは無いでしょう。

名称 (伏木)香取神社
住所 茨城県境町伏木1
駐車場 あり(無料)
Webサイト 公式サイト
SNS

鳥居

鳥居

鳥居

さいきん人気を集めている伏木香取神社。

御朱印効果が大きいと思いますが、境内の案内がとても丁寧で少々マニアックな参拝をする方も楽しめるようになっています。

見ての通り、決して境内が大きいわけではないので他の神社も見せ方次第で評価を一変できるのでは、なんてことも考えてしまいます。

参道の中心にプランターが置かれているのがわかるでしょうか。「神様の通り道である正中は空ける」という儀礼を意識してのことだと思います。でも、プランターがなくても空けましょうね。

社殿

拝殿

拝殿

拝殿は常に開放され、参拝者を迎えています。日供祭が毎日9時から20分ほど行われており、だれでも自由に参列できるそうですよ。

1日と15日には月次祭が催されています。他の神社もされていると思いますが、告知をしたり一般の方々に参列を案内しているのは珍しいですね。

本殿

本殿

幣殿および本殿(覆屋)です。昭和10年に改築された本殿の屋根は銅板なのでしょう。いい感じで緑色に変色しています。

メインの参拝は短時間で終わるかと思います。しかし、そこから始まる境内社や境内の散策が奥深くて楽しめていいのです。

庚申石塔

庚申石塔

庚申石塔

参道の右手に並べられている庚申石塔こうしんせきとう。延宝5年(1677年)に建立されました。

境内の案内から引用します。

この庚申塔は、江戸時代に大変流行った庚申信仰の記念碑です。
庚申は、仏教では青面金剛や帝釈天が本尊とされ、神道では猿田彦神とされていました。庚申の「申」が猿田彦の猿と結び付き、猿が庚申の使いとされ、悪い事を「見ない、言わない、聞かない」という戒めの意味から、「見ざる、言わざる、聞かざる」の三猿が彫られました。
庚申信仰とは、中国道教の説く「三尸説(さんしせつ)」からなるもので、人間の体内にいるという三尸虫が、庚申の日、寝ている間に天帝にその人間の悪事を報告しに行くのを防ぐため、徹夜で無病息災を祈願し宴会などをする風習で、「庚申講」や「庚申待ち」などと呼びました。
庚申講は、暦の干支である「庚申」の日に催しました。

わかりやすい。三猿の説明もいいですね。一般の方は「悪い事を」の部分を知らないのではないでしょうか。

ちなみに庚申の日は年に6回ほどあり、18回(つまり3年)続けて祈願すると結願するといわれます。道端や寺社の境内で目にする庚申塔はその時に記念して建てられたものです。

こちらの石碑に見える「持明院」の文字は、伏木村の山伏のこと。江戸時代は山伏や修験が御師や先達と呼ばれる形で人々に信仰を伝え、まとめていました。

境内には「青面金剛供養」と彫られた別の庚申塔も置かれています。おそらく元からこの場所にあったのではなく伏木村に点在していたものを集めたのでしょう。

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境内の「二十三夜供養塔」は二十三夜講が建てたもの。やはり山伏、もしくは別当の成就院によって伝えられたのでしょう。庚申信仰と似ていますが、子授けや安産が祈願されるので女性の集まりだったと考えられます。

境内社:八坂神社と浅間神社

八坂神社と浅間神社

八坂神社と浅間神社

庚申石塔の向かい側にあるのは八坂神社(祭神:素戔嗚命)浅間せんげん神社(祭神:木花開耶姫命)。いずれも境内社となった経緯については一切わかりません。

興味深いのは同じ境町の境香取神社にも同じ境内社があり、いずれも天王祭や初山祭などの祭礼が続けられていること。これは単なる偶然ではなく二社を繋げる人物がいたのではないでしょうか。

開放時

開放時

八坂神社は疫病除のため、浅間神社は江戸時代に流行した富士信仰が当地にも広まって創建されたのでしょう。同信仰は冬を前に富士山から下山した行者により江戸で広まったといわれています。

しだれ桜(2020年3月撮影)

しだれ桜(2020年3月撮影)

浅間神社の木花開耶姫命といえば桜の化身としても有名ではないでしょうか。社殿の正面にしだれ桜が植えられているのがなんとも味わい深い。

写真は3月28日に撮影。こちらの品種は一般的なしだれ桜と異なりソメイヨシノよりも遅く開花するようです。あと1週間遅くてよかったですね。

ソメイヨシノ(2020年3月撮影)

ソメイヨシノ(2020年3月撮影)

ちなみに駐車場のソメイヨシノは同じ日にほぼ満開でした。参拝や撮影の参考になれば幸いです。

MEMO
八坂神社の天王祭、浅間神社の初山祭の際には限定御朱印が頒布されます。

境内社:白山神社

白山神社

白山神社

庚申石塔の隣に鎮座する白山はくさん神社。ご祭神は菊理媛くくりひめ。別名を白山比咩しらやまひめといいます。

こちらも詳しい由緒はわかっていません。境内の案内にはご祭神について、日本書紀に一度だけ登場することや「くくり」から、縁結びや現世とあの世を取り結ぶ調和結合の神と紹介されています。

白山神社は非常にミステリアスなご祭神と弾左衛門との関係などで一部の界隈で大変な関心を持たれています。わたしも気にはなっているのですが、正直よくわからず。

ただ、白には古来神秘的な意味があったとして間違いありません。神職や巫女などの衣装に白が使われる一方で、亡くなった方も白装束をまといます。白は「透明」も意味するようで、異世界との境界を曖昧にすると考えられていたのではないでしょうか。

神を降ろすとか魂をあの世に送るといった「世界」の往来は、白をまとい異世界に通じて行われるということで。。なんだかオカルトが強くなってきたのでこ辺りで止めておきます。

白山神社の本殿(2020年2月に撮影)

白山神社の本殿(2020年2月に撮影)

弾左衛門の信仰した白山神社は嘉吉元年(1441年)に千葉胤直によって勧請されたといいます。千葉氏はここ下総を拠点にしていました。千葉氏から派生した相馬氏も下総と陸奥に展開しましたので東日本に多いという白山神社と千葉氏は何か関係があるのかもしれませんね。

御朱印

伏木香取神社の御朱印

伏木香取神社の御朱印

伏木香取神社の御朱印です。右が通常、左が月参りの限定御朱印です。この他、境内社や季節の行事などさまざまな御朱印が頒布されます。

境内西側の社務所を兼ねた宮司宅でいただけます。境内に案内があるので迷うことはないでしょう。

その日どの御朱印がいただけるかは社務所で掲示されていますので、チェックしてから申し出ましょう。わたしみたいに混雑すると慌ててしまう方は事前にSNSをチェックするのもいいですね。

まとめ

この記事のまとめ

  • 別当成就院と一体となった歴史。ご祭神は経津主大神
  • 境内には丁寧な案内がある
  • 御朱印は社務所兼宮司宅でいただける。限定多数あり

参考文献

茨城県神社誌/茨城県神社庁
茨城の地名/出版:平凡社

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