塚崎香取神社と八龍神社|境町

この記事でわかること
  • 由緒とご祭神
  • 八龍神社と「塚崎の獅子舞」について
  • 御朱印のいただき方

wata

ども!いばらき観光マイスターのwata(@wata_ibamemo)です!

茨城の神社巡りをする者にとって、県西といえば香取神社です。地域と比べて明らかに集中しています。特に利根川沿いがすごい。

江戸時代以前は下総国に属したので一の宮の香取神宮の影響と考えられますが、人々の信仰はそこまで単純ではないと思うんですよね。

「有名な神様だから自分の地域にも」ではなく、もっと神格に沿った考え方があったのでしょう。香取の神は境、つまり区切りや境界を守護するとして考えられていたのではと思います。

香取神宮は常陸国との境に位置し、常陸国は長い間朝廷が支配できなかった陸奥国に接していました。こうした「境」は要注意。道や季節、年齢などの境には魔が潜んでいると考えられていました。

というわけで、今回は境町の塚崎つかざきに鎮座する香取神社、通称:塚崎香取神社についてシェアします。多くの謎を残していますので、ぜひご自身で調べてみてください!

塚崎香取神社とは

塚崎香取神社

塚崎香取神社

由緒

天正14年/1586年
創建
法家塚に創建
元禄3年/1690年
遷座および合祀
当地塚崎に遷座。主祭神を経津主命。品陀別命、宇迦御魂神、美津波売命を相殿神とする
明治40年/1907年
村社列格
明治41年/1908年
合祀
各地に鎮座していた天神社、雷電様、榛名神社、神明神社、八幡神社を境内社として合祀する
大正11年/1922年
「お獅子様」安置
八龍神社の「お獅子様」が安置される
昭和2年/1927年
本殿屋根を銅板葺とする
昭和15年/1940年
狛犬建立
昭和35年/1960年
県の無形文化財に指定
塚崎の獅子舞」として県の無形文化財に指定される
平成元年/1989年
御神池改修
平成5年/1993年
内殿修復
平成10年/1998年
玉垣建築
平成18年/2006年
鳥居改築
平成25年/2013年
御神木伐採
枯死状態のため樹齢400年ほどとされる御神木を伐採
平成28年/2016年
天神社新築および本殿修復
平成30年/2018年
拝殿・幣殿・向拝改築

ご祭神は経津主ふつぬしです。また、品陀別ほんだわけ命、宇迦御魂うかのみたま神、美津波売みつはのめを相殿神としています。香取神社は香取神宮が総本営なので、経津主命は神宮から勧請したのでしょう。

天正14年に創建とのことですが、当時の神社が当社の前身といえるかよくわかりません。個人的には元禄の遷座以降が由緒かと思います。

当社の宝物記によると元禄年間に別当の香取院こうしゅいんによって金幣や神体が奉じられました。別当とは神職に代わって神社の祭祀(仏式)を担うお寺、あるいはそのお寺の僧侶のことで香取院が当地の信仰をまとめていたと考えられます。

香取院はいまも当社の南西、宮戸川の向こう側にあります。『茨城県神社誌』に記された当社の由緒にも香取院についてありますので、双方は明治の神仏分離令のあとも良好な関係だったのでしょう。

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香取院は寛永9年(1632年)に創建。香取神社よりも古く、神社はお寺のために建てられたのかもしれませんね。昔は「護法善神」といって神は仏を守るという思想がありました。

アクセス

茨城県でもかなり西の方。利根川の手前です。

最寄りICは圏央道の坂東IC。下りて約15分です。

駐車場は社殿のすぐ西側にあります。社殿と宮戸川の間にある道路から入ってください。

駐車スペースは広く有りませんが、参拝者が多い神社ではありませんので、ほぼ確実に駐車できるかと思います。

名称 塚崎香取神社
住所 茨城県境町塚崎2876
駐車場 あり

境内入口

社号標

社号標

以前は鳥居の周辺にも駐車できたのですが、現在(2021年11月)は工事中につき停められません。

この社号標を見たければ社殿の辺りからぐるっと周り込む必要があります。わたしはこういうの余裕で歩けます。

参道

参道

参道はおよそ200m。西側は川、東は道路や田んぼとして開拓されていますが、参道にはしっかり並木が残されています。ささやかながら鎮守の森を維持しているのでしょう。

鳥居

両部鳥居

両部鳥居

参道の先には平成18年に建立された両部鳥居。両部鳥居は足の部分が三本ずつになっています。ガッチリした感じ!

「両部」とは密教で言うところの金剛界と胎蔵界を意味するといわれ、当社の別当だった香取院が真言宗であることと関係ありそうですね。

扁額

扁額

扁額の書体が独特。なにか縁のある方が揮毫したのでしょう。

狛犬

狛犬と拝殿

狛犬と拝殿

鳥居の先には社殿です。しかし、その前に注目していただきたいのが、拝殿前の狛犬。

狛犬(吽)

狛犬(吽)

狛犬(阿)

狛犬(阿)

猛々しいお姿で参拝者を迎えるというよりも襲いかかりそう。。眺めているだけの狛犬とは一味違う。

県西地域の狛犬はやたらワイルド。境香取神社や雀神社の狛犬も似たような形をしているので、地域性なのでしょうか。

雀神社の伝説|御朱印・雀姫の伝説(古河市) 境香取神社と八坂神社のお神輿|境町

社殿

拝殿

拝殿

拝殿です。平成30年に改築。まだ3年ほどしか経過していないのでピカピカですね。なんとなくお寺っぽい印象を受けます。

本殿

本殿

本殿は覆屋で見えません。平成28年に改修したとのことで、きっと中は拝殿同様に真新しいのでしょう。

平成になって境内が少しずつ整えられています。あまり有名な神社ではありませんが、氏子によって大切にされているのが伝わりますね。

天神社

天神社

ちなみに社殿の右手に鎮座しているのは天神社。それには以下の神社が合祀されています。

  1. 稲荷神社
  2. 菅原神社
  3. 八幡神社
  4. 神明神社
  5. 雷電神社

これらは明治期に周辺から合祀された神社かと思います。榛名神社は茨城では珍しいですね。

菅原神社については詳しくわかりませんが、ご祭神は菅原道真公でしょう。

社殿の隣に「菅原神社一千年祭」の石碑がありました。明治35年(1902年)の建立なので延喜3年(903年)の創建という意味でしょうか。延喜3年は道真公が亡くなった年ですね。

御神木

御神木

御神木

社殿の向かって左手の広報に御神木の跡があります。樹齢400年といわれる巨木でしたが、枯死のため2013年に伐採されました。

樹齢400年というとまさに神社創建と同年代!氏子の先祖の眺めた御神木ですから伐採には色々な想いがあったと想像できますね。

境内社:八龍神社

八龍神社

八龍神社

香取神社の社殿の左手に鎮座するのは八龍神社。境内社にして注目の神社。

というのは、こちらの祭礼に舞われる獅子舞が県指定の無形民俗文化財であるためです。興味深い内容なので県教育委員会から引用します。

 五穀豊穣・天下太平を祈るこの獅子舞の歴史は古く、仁義礼智を尊ぶ「獅子講」人たちによって長く受け継がれ、塚崎の香取神社に合祀されている八龍(はちりゅう)神社の祭礼に舞われました。
 「お獅子様」は大正11年(1922)に塚崎の総鎮守である香取神社の境内に安置することになったと伝えられています。
 毎年4月15日、7月15日、11月15日の祭礼には、香取神社の斎庭(ゆにわ)で男獅子、中獅子、女獅子の3頭による「せきもんどり」「うずめ」「ひら」「女獅子かくし」「梵天がかり」「橋がかり」の舞が奉納されます。
 4月には「回りささら」といって大字全部を回り、6月には大字界で「辻止め」の舞を行います。
また「天水こぼし」の舞は近郷の雨ごいに出張して行われます。
 獅子の「風かけ」についている紋章は、「井げたに本」の字で、関宿城主久世大和守に頼まれて雨ごいを行い、その霊験あらたかなところから城主よりその定紋の使用を許されたものと伝えられています。
 かつては、獅子講は地域の長男だけで構成され、獅子舞の日には、塚崎へきた嫁や他村へ嫁いだ人たちは里帰りして参拝するならわしであり、獅子の風かけの中に頭を入れて、子どもの健やかな成長や子宝の授かることを祈りました。
塚崎の獅子舞/茨城県教育委員会

わたしは獅子舞をまだ拝見できていないのですが、境内にある石碑から氏子の獅子舞に対する想いが凄く伝わってきますので非常に興味を持っています。

氏子の石碑

氏子の石碑

石碑はいくつか建てられており、いずれも先祖から受け継がれた舞をしっかりと伝えるという決意が記されています。その背景には当社に残された獅子舞の歴史があるのでしょう。

獅子舞については嘉永元年(1848年)の「御獅子講中人別改帳」をはじめ、明治時代まで数々の書物により丁寧に記録されています。記録には氏子の先祖の名や現代に続く講中についてあるのですから、受け継ぐ者たちが無責任でいられるはずありませんよね。

八龍神社はご祭神は美津波売みつはのめです。『茨城県神社誌』に記載がなかったのであれこれ考えてしまいました。龍は神道より仏教に縁がありますので、例えば仏を守護する天竜八部衆の垂迹(仮の姿)である八竜神ではないか、とか。

だとすれば、創建当初から別当に営まれ、仏を守護する役目を担った香取神社らしい境内社といえるのですけどね。

「八竜神とはなんなのか」

一応の結論は出ていますが、それは江戸以前にさかのぼっても同じなのか。もっと掘り下げられるテーマではないかと思います。

御神池

御神池

御神池

社殿の東側。道路を挟んで小さな御神池があります。これについても詳しいことはわかっていません。おそらく古くは禊に使われたのでしょう。

水神宮の祠

水神宮の祠

ところで、社殿から御神池に続く通路の途中にはいくつかの水神宮が並べられています。水神を祀る社殿とは別に祠があるのはなぜでしょう。

これがそうかは不明ですが、水神宮は水辺で亡くなった方の供養塔としている場合があります。

偶然にも流れ着いたご遺体を「えびす様」とし丁寧に葬ることで、福徳に恵まれるという信仰は海辺にもありました。日本の長い歴史の中で生まれた信仰には、現代の神道で説明できないこともあるということですね。

御朱印

塚崎香取神社の御朱印

塚崎香取神社の御朱印

塚崎香取神社の御朱印です。

書き置きは拝殿前に置かれていますので賽銭箱に初穂料を納めてからいただきます。

直書きをいただきたい場合は、同書にある連絡先にお電話すれば対応してくださるそうです。

まとめ

この記事のまとめ

  • 実質的な創建は江戸時代。当初から別当があり、神仏習合していた
  • 八龍神社は境内社。例祭の「塚崎の獅子舞」は県指定無形民俗
  • 御朱印は拝殿前に書き置きがある。電話をすれば直書きもいただける

参考文献

茨城県神社誌/茨城県神社庁

神社巡りの初心者におすすめ

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