曹洞宗の元本山 東昌寺(五霞町)

茨城県民でも五霞町の位置を答えられる方は少ないでしょう。。

だって茨城の市町村で唯一利根川の向こう側なんですから。ほとんど埼玉県の町です。

そんな理由からついつい五霞町情報を見逃していないでしょうか。これまで何度か足を運んでいますが、なかなかユニークな寺社がありますのでオススメです♪

今回ご紹介するのは東昌寺とうしょうじ。自分でいうのもなんですが貴重な情報です。近くにいらしたら、ぜひお参りしてみてくださいね♪

六国山 東昌寺とは

六国山 東昌寺は五霞町の山王山にある曹洞宗のお寺です。『道の駅ごか』から車で5分ほど。圏央道の五霞インターを下りてからだと8分といったところでしょうか。最寄り駅は東武鉄道日光線の幸手駅でそこから車で20分ほどかかります。

 創建は、永享11年(1439年)といわれる古刹で、足利市の家臣であり関宿城を築いたという簗田河内守やなだこうちのかみ平満助の菩提寺として建立されました。
東昌寺 山門・梵鐘(茨城県指定文化財)/五霞町公式

五霞町の公式サイトには以上のようにありますが、六国寺として永享元年(1429年)に創建されたお寺です。菩提寺となることをきっかけに改称されました。

本尊は釈迦牟尼仏しゃかむにぶつです。曹洞宗(禅宗)ではおなじみですね。

梵鐘や山門などの文化財が有名ですが、個人的には豊臣秀吉の禁札が気になる。。本物だとしたらすごすぎませんか?五霞町の公式サイトに写真がありましたのでご覧ください。

wata

いばキラTVのブログには秀吉が五霞にやってきた理由がさらりと書かれていますね。伊達政宗絡みのようで。。

惣門

惣門

惣門

それではお参りスタートです。

まずは惣門そうもんから。享保13年(1738年)、当時のご住職により建立されました。

東昌寺の駐車場はこの惣門の先にありますので、この写真は駐車後に一旦外に出てから撮影しました。惣門は表門(正門)という意味。禅寺でよく使われる言葉のようです。

柱には『立春大吉』と書かれた札が貼られていました。曹洞宗の開祖・道元が伝えたといわれる慣習で厄除けの意味があります。立春大吉を縦書きすると左右対称なんですね!

山王権現

山王権現

山王権現

惣門の先には文化財の山門があるのですが、その手前、右手を見ると鳥居が。。そう、お寺の境内に神社があるんです。

ここは山王権現。山王権現は神仏習合の存在。神でも仏でもありません。

明治のはじめ頃まで各地にありましたが、神仏分離がされてからは日枝神社や日吉神社と呼ばれています。

治水・五穀豊穣・酒造りのご利益があるとされていますので水害に悩まされてきた五霞町にとって重要な存在だったのでしょう。

山王権現は天台宗寺院の鎮守です。本山である延暦寺の場合は日吉大社。わたしが住む土浦だと東城寺に対しての日枝神社ですね。

ということは、近くに天台宗の寺院が??

そこまでは見つかりませんでした。もしかして東昌寺の鎮守だったりして。立て札の解説によると、この山王権現は近くの日吉神社と一体といわれています。

wata

おじいさんの姿をした山王権現が東昌寺の初代住職に寺を建てるように促したのだとか。ふしぎな逸話ですな。。

山門(楼門)

山門(楼門)

山門(楼門)

東昌寺の山門(楼門)は立派の一言。境内でご住職の次に印象的です。

元禄2年(1681年)に関宿城主・牧野成貞まきの なりさだ公の妻が寄進したものです。。妻が!?珍しい出来事のように思いますが。。

楼門の天井には龍の画。やはり治水の願いを込めてのことでしょうか。

わたしにはよく見えなかったのですが、楼門上には本尊の釈迦牟尼仏の坐像や十六羅漢が祀ってあるそうです。

屋根は昭和8年まで茅葺きでしたが、亜鉛板にされ、いまでは銅板となりました。

境内には豊富な花々

境内には豊富な花々

山門から本堂の周辺には多くの花々があって大変美しいですよ♪

梵鐘

梵鐘

梵鐘

東昌寺の梵鐘は大変貴重なものです。県内に4基ある指定文化財の古鐘のうち、初めて梵鐘として指定されました。(昭和43年指定)

元享年間(1321-1324年)に下野国の鋳物師・大工甲斐権守卜部助光が制作とされており、以下のような特徴があります。

肩のはりがなく竜頭の出来が強い感じを与え、撞座(撞木のあたるところ)の蓮弁と乳頭が古式である。
茨城県指定文化財 梵鐘/五霞町教育委員会

な、なるほど。。梵鐘は本堂の左手に吊るしてあります。さほど大きくなく、おそらく1mもないかと思います。

貴重な梵鐘なので、大東亜戦争時に徴収令があった際には鐘を差し出すことで特別に徴収を逃れたというお話も伝わっています。

wata

お寺よりも古い歴史があるんですね。別の場所から持ち込まれたのでしょう

本堂

本堂

本堂

本堂は江戸時代の元禄(1688年〜1707年)よりも少し前に建てられたといわれます。戦国時代に2回ほど焼かれてしまったのだとか。。

かつては修行寺の本山として500もの末寺を持っていました(直末は50)。なるほど。それなら秀吉が立ち寄ったのも頷けます。

境内には墓地がありますが、もともと檀家は持たなかったそうですよ。いばキラTVのインタビューでご住職がお応えになっていますので、ご覧ください!(0:00〜5分ほど)

お堂は開放されていて上がってお参りできます。わたしのときはご住職が聞いていたと思われるラジオの相撲中継が。

時代を感じさせる堂内もあってタイムスリップした気分になりました。。

うまく説明できませんが、変わった雰囲気のお寺です。異世界のような。でも懐かしいような。足を運んだ方、ぜひ感想を聞かせてください。

御朱印

東昌寺の御朱印

東昌寺の御朱印

東昌寺の御朱印です。御朱印料は300円。

山王大権現、南無釈迦牟尼仏、東昌禅寺、傘地蔵菩薩と情報が詰まっております。地蔵菩薩は山門の左手にあります。昔はとても多くの信仰者がいたそうです。

お堂にご住職が不在でしたら鐘を鳴らしてください。それでも反応がない場合は。。本堂右手の庫裏からどうぞ。

アクセス

名称六国山 東昌寺
住所茨城県五霞町山王山827-1
駐車場あり
Webサイト五霞町

まとめ

東昌寺は五霞町にある曹洞宗のお寺。山王権現の導きによって創建されました。

境内は禅宗らしさに溢れ、多くの文化財を見ることができます。

少し不思議な印象を持つお寺です。日常を忘れることができますので、ぜひ心静かにお参りしてみてください。

参考図書

茨城の寺(一)/著:今瀬文也

みんなのお焚き上げ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA